【謎の歴史観】西郷どん その4【なんで史実じゃダメなんですか?】

894日曜8時の名無しさん2019/01/06(日) 18:08:18.62ID:yM9q4D24
>>893続き
しかし、この説は2つの点で明らかに間違っている(論争の余地なし。事実の間違い)
第1に、西郷隆盛は大使派遣が決定した後の8月23日の板垣あての手紙で>>164のような内容を書いている。
「自分が派遣先で死んでも武力行使をためらわないように」と板垣に訴えている以上、
「大使派遣決定のための方便だ」という説は完全に成り立たない。
西郷はこれ以降も板垣に征韓論を前提とした手紙を送っている。

第2に、板垣退助あての手紙以外にも西郷が征韓意図を持っていたという証拠はたくさんある。
たとえば有馬純雄は「維新史の片鱗」で朝鮮攻略の暁には民政を担当するよう西郷に指示されて研究したと述べており、
また西郷が満州を含む征服の意図を持っていたことを証言している。
伊地知正治、鳥尾小弥太などの証言も残っている。

さらに、西郷は9月に入って三条実美が大使派遣の細目を詰めたいので副島外務卿と協議したいと要請したところ、
これを無視して板垣退助や伊地知正治らと朝鮮攻略作戦について議論を重ねている
(彼は両将を朝鮮攻略軍司令官に考えていた模様)。

つまり、板垣退助が「征韓即行論者」だったのに対して、西郷は「手続を踏んで開戦する」ことを目指していただけ。
理由も8月17日の板垣あての手紙に書いてあり、輿論の関心が低く「討つ人も怒らず」という事態を危惧したため。

>>155
>>162
>>164 でだいたい分かる。

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