土木の技術官僚となっていた裕一郎と再会したわけだが、万太郎とは大きな意識の差があって、裕一郎はあきれていた。
そこには当時の士族の子と裕福な商家のボンボンの差だろう。士族はこれまで寄っていた藩はなくなって、士族の子も自由な就職ができるようになったが、同時にそれはこれまでのような親の職を継げ
ばいいだけの容易なものではなくなり、自ら道を切り開かなければならないものでもあった。ただ、武士=サラリーマンであって、サラリーマンを目指すのが自然な流れだったろう。まして維新四藩の一角
であった土佐出身者は政府役人になるには有利な位置にあったろう。しかし役人になり出世するには学歴がなければならない。そのあたりの本人の嗅覚も鋭いものがあったろうし人間関係からもそうい
った影響や情報が得やすい位置にあったろう。
かたや商家は明治になってもスタイルは変わらない。ボンボンは依然として食うに困らない。職業としての植物学の研究者という意識がなかった。それが後に彼を苦しめることになった。