>>732
しかし、明治維新による「廃仏毀釈」運動によって、「第六天」は真っ先に切り捨てられたと思われる。
そこで苦し紛れに取られた対策が、仏教的背景の「浄化」である。
「第六」という数字を牽強付会し、天照大神からの神世六代、「オモダル、アヤカシコネ」の二神を祀る神社として、その由来を糊塗した。
(ほかにも、「高木神社」と名を変えた「第六天」も多いとされる)
この「すげ替え」によって、「第六天神社」は辛うじて命脈を保つことができたのだろう。
本書が紹介しているのは、そうした姑息な手段によりつつもしぶとく生き残った、「第六天魔王の残滓」たちである。
(現代でも「第六天」とはっきり名乗っているのは、多くが小祠の類である)
とにかくその由来や存在が隠匿された神社なので、類書も少ない。
色々不満な点もあるが、興味のある人はひとまず本書を参照すると良いだろう。