0034 日曜8時の名無しさん 2017/09/17 20:44:05
37話の中で3ヶ月くらい経った
仏坂は無かったことになってたけど

元亀3年(1572年)
9月29日山県昌景と秋山虎繁が三河国へ侵攻
10月3日武田信玄が遠江国へ侵攻
10月14日一言坂の戦い、二俣城攻囲
10月22日仏坂の戦い
11月14日岩村城陥落
12月19日二俣城陥落
12月22日三方ヶ原の戦い


他スレで見かけたタイムテーブル(日付は旧暦)

前スレにも書いたが「なぜ遠江国人衆は武田に下らなかったのか?」が不思議でならない。
(だからドラマで直虎が武田に下ろうと言ってるのがバカに見えたが)

ドラマ内でも「戦は一に調略二に調略」といってて、その通り、駿河進攻の際は
今川重臣をみんな買収してたから武田はやすやすと駿河を平定できた。

なのに遠江では3か月かけても半国も侵略できない。
家康だって気賀で住民虐殺した侵略者であってそう忠義だてする義理はない。
まして三方原であっさり負けたら、なだれを打って武田に下りそうなものなのに、
なぜか三方原後も野田城などでは頑強に抵抗している。

やっぱり、「先に下った駿河衆への過酷な占領政策」の噂でも聞いたんだろうか?

信玄の死因が今なお不明なのも不思議。信玄ほどの有名武将が墓すら不明。
ひょっとして「あんた年内には美濃まで攻め込む、といったのに遠江すらダメじゃないですか。
正月は故郷で過ごしたかった」と家臣に暗殺されてたりして。

といった説をいつか学会で発表できたらいいな。小和田先生、どうでしょうか?