頼芸 「…土岐家も貞純親王を祖とする清和源氏。頼光、頼政と続いた武門の誉れ高き家筋じゃ。
取り分け、鵺退治で名高い頼政公が治承三年、以仁王を戴いて平氏打倒の兵を挙げ、宇治の平等院で壮烈な討ち死にを遂げられた。

その系をひく光秀が、誇りも信念も捨て去って、走狗に成り果て、わが大導師、大通智勝国師が住持を勤め、土岐家と祖を同じくする信玄公の菩提所、恵林寺毀壊(きかい)に手を貸すとは本末転倒も甚だしい所行と言わねばならぬ。

慎め、光秀。そなたも帝より丹波平定を賞され下賜(かし)の品まで頂戴したというではないか。
賢きあたりにおかせられてもそなたを頼りにされているのはそなた自身が一番よう知っとるはず。自らの心に恥じることをするでない。」


光秀 「…ま、まことに面目なきことながら、それがかないませぬ。ひとまずこの寺を立ち退き、後日を期して下さりませぬか、?」


快川 「…光秀にそれが出来るというのか…?」

 退去を促す光秀に和尚が詰め寄った。その勢いに乗じるように頼芸も言を続ける。


頼芸 「…そなたの心中にわしらが望む後日があるならば、わしは信長に下って、そちの後日を見届けてもよい。ただし、わしの余命は幾許もない。わしが生きている内にわしらが望む後日を実現することじゃ」


 頼芸は高齢である。和尚と共に恵林寺で死ぬもよし、しばし生き長らえて、光秀の心を試してみるもよしの思いであった。

光秀 「…それではお屋形様、わたしについて、ひとまず下山下さりませ、、」


快川 「これは面白い、お屋形様、光秀の心を確とお見届け下さりませ。拙僧は三界不変の法輪に仕える身、寺と運命を共にいたし、あの世から光秀の有り様を見届けることにいたしましょう」


頼芸 「…光秀、わしは決してこの所行を許さぬ! 土岐の一門にとって許してならぬことじゃッ」