>>322
憲三郎氏や坂本龍馬などの先祖がどうかは不明だけど、光秀と秀満の子供たちは生き延びてるから
秀満も生き延びたと考える説も無理では無いよ

>>329
天海は葦名氏を名乗った事があって、家紋に足利氏や遠山氏の丸引き二両紋を用いていたんだけど、葦名氏の家臣の舟木氏なら矛盾は無いって説だね。

ただ、ネット上で天海を調べてみると、例えば日本通信百科事典なんかでも

土岐 秀光(とき ひでみつ)とは、陽成源氏(摂津源氏)流土岐氏(美濃源氏)一門の武将。約2名ほど存在する。

惟任秀光 : 明智氏一門の惟任光頼の曾孫、頼秀(頼季)の孫、康秀(康季)の子、康光の兄。
同時に明智光秀の甥でもある。

南光坊天海 : 初名は随風、諡号は慈眼大師。俗称は舟木秀光。
舟木氏の祖である舟木頼重(讃岐国守護)・頼春(頼玄/頼員)父子の後裔で、二本松氏の家老であった当主の輝景(左近/道光入道)の孫、景光(兵部少輔、蘆名氏の当主の蘆名盛舜の女婿)の子、光芸(景信)の兄。
陸奥国会津出身、徳川家康に仕えた僧侶。

あと天海と秀満は有力な生年がどっちも1536年。