光秀の年齢は「明智軍記」の説である享年55歳が無難だけど、「当代記」の享年67歳のほうが個人的には面白いとは思う
なにかで読んだ説に、「甲斐に赴任した滝川一益が、年をとったので引退して茶の湯を楽しみたいのに、まだ働かなきゃならない、
と嘆く手紙があるが、光秀もこれ以上働くのがイヤで、本能寺の変を起こした」というのがあって、なんだか妙に説得力を感じた覚えがある

おれは常々、戦国時代も今も「あれが欲しい、こういう風になりたい、こうなればいい」みたいなメンタルの部分は、違いは無いと思ってるので
同じ日本人、戦国武将と言えど、現代のサラリーマンとあまり変わらんのねぇ、と