【謎の歴史観】西郷どん その4【なんで史実じゃダメなんですか?】
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西郷の見せ場のひとつに四候会議失敗のあとの「挙事」が挙げられるが
そこを全カットとはすごい省略大河だね。
大政奉還から王政復古まで西郷が武力行使に固執した理由が全く分からなくなるだろう。 わが国は古来から学問好きだった。将軍も大名も毎日学問に励んだ。
そのテキストは「十八史略」を始めとする中国の古典。
そこに描かれてる世界は「春秋戦国以来、他国に領土を割譲するとほぼ確実に滅亡する」こと。
降服条件として土地を割譲すると、敵はさらに強くなり、味方はもっと弱くなる。
次々に土地を割譲されていった結果、最後には抵抗する国力すらなくなって滅亡した多くの国々。
それでも大陸では多くの民族が群雄割拠興亡を繰り返し、民もそれに馴れたのが中国の歴史。
だが、わが国は古来より主要な島々でほぼ単一な民族が和をもって貴しと成した国。
外国に占領されたことなどないから、皇祖伝来の土地への執着が強い。
そんな明治政府が直面したのがロシアの脅威。満州の次は朝鮮、その次は日本と、
あくなき欲望をむき出しにした国に譲歩なんてあり得なかった。
慶喜だって「外国に本土を割譲したら確実に植民地」もわからないバカだったんだろうか?
ちなみに馬関戦争の講話会議でイギリスは関門海峡の島の99年間の租借を要求したが、
幕府は頑として拒否した、という史実を知ってたか?知ってるわけないか。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています