妻が訪ねて来る

熊本をはじめ、戦場になった町や村の多くが甚大な被害を受けたことは
史実としても沢山残っているのだが、ドラマでは一切描かれていない。
 後年、松本清張が小説の題材にして有名になった「西郷札」などは、
西郷軍による私製の紙幣である。これを使って強引に買い物をするのだから、
庶民にとっては大迷惑だったはずだ。事実、戦後は「西郷札」は紙くずになってしまった。

 あれほど「民が、民が」と言っていた西郷が、なぜこんな戦争を行ったのかという、
ドラマとしての辻褄合わせをする気はないようである。そもそも西南戦争の目的からして、
「士族の声」を東京の政府に届けるためとしていた。すでに「民」の視点は無い。
それは史実としては大体合っているのだが、ドラマとしてはいささか破綻している。

 8月半ば、西郷軍が延岡の近く、俵野まで落ちて行くと、いきなり民衆たちが食料を持って馳せ参じて来る。
西郷を世直しの神様と称え、拝むがごとし勢い。薄汚れた、いかにも貧しそうな民を見ながら、
ニコニコとほほ笑む西郷は、どこぞの国の将軍様に見えて来て、いささか不気味ではある。