それと、今回の阿君丸の毒殺の目的は『義景に上洛する気を起させた阿君丸を消せば、義景は上洛に意欲がなくなるだろう
から、義昭が信長の所に行っても問題なくなる』という事だろう。
だがこれなら別に阿君丸を殺さなくても、と思う。要は『義景が上洛に意欲を失うような何かがおこればいい』訳で、絶対
に阿君丸を殺害しなければいけない必然性がそもそもないと思う(じゃあどうすればいいのか?と聞かれると困るが、知恵
のある人であれば他のプランが考えられるだろう)。
これが「麒麟がくる」であった他の暗殺とは違う点で、「斎藤利政が殺害した土岐頼純」にしても「織田信長が殺害した松
平広忠」にしても、今回の阿君丸と違う点は「殺害された人間は、消さないとどうしようもない状況にあった」というこ
と。
だから暗殺犯についてもそうだが、阿君丸自身を「消さないとどうしようもない状況にあった」とは言えない訳で、そう
いうところに視聴者はモヤモヤするのだと思う。それでここまで考えて思ったが、これ、「義景本人を毒殺すればよかった
じゃん!」と思う。若君を殺害できるなら、その方法を使って当主を殺害すればいいだけである。景鏡のような一門衆がい
るのだから、義景本人を殺しても代わりの当主くらいすぐ用意できそうである(大体義景は凡庸だとしか描かれていないの
だからいなくなっても大丈夫だろう)。子供を殺してやる気をなくさせるというまだるっこしいことを考えるよりも、上洛
しようとしている本人を殺害した方がより安全である(もちろんそれをすると、歴史が変わってしまうのでできないのは分
かるが、こういうことを考えてしまえる時点で、脚本が悪いのだと思う)。
後、今回の毒殺が不自然に見えてしまうのは、やはり今までの朝倉家の描き方にもあると思う。前回までの朝倉家の描き方
は、当主の義景は凡庸で頼りないが、朝倉家自体は平和で穏やかな家という描かれ方しかしていなかった。斎藤家も織田家
も争っていたし、斎藤家は父子の仲が悪く不穏。織田家も周囲は敵だらけみたいな状況を描いていたから、暗殺があっても
当然という目で見られたが、朝倉家の場合そういう事が描かれたいなくて(だから、>>125 に書いたように「朝倉景鏡は
一向一揆に手こずっている」とかいう内容を入れておくべきだったのに)、いきなり子供が殺されてしまうという事に理不
尽さを感じてしまうせいだと思う。
しかも三淵の描写だけでなく、山崎吉家のキャラも立っていないし、朝倉景鏡にいたっては今回が初登場である。こういう
状況下で、「阿君丸毒殺」を説得力ある描写にするのは不可能だと思う。