ペストは予想外の心的葛藤を引き起こし、多くの病人は絶望のどん底に落とされた。
残酷さと人間としての思いやりの無さが幾度もひとびとを失望させたのである。

 ある病人が自分の家に置き去りにされ、床に伏していた。あえて病人に近づこうとする親類などひとりもいなかった。
 病人と親しいひとは泣いていたが、(病人から離れた)家の隅にとどまった。
 来てくれる医者などひとりもいなかった。司祭ですらおののき、教会の秘蹟をおそるおそる授けたほどだった。
 ああ、病人の泣き声が響きわたってきた。