スコットランド・デボン地方に4人きょうだいの長女として生まれ育ったリタ。
病弱でこもりがちだった少女時代を経て、第一次世界大戦で初恋の人を失い、
失意の底にいた彼女は、日本人で初めてモルトウイスキーの製造法を学びに
やってきた竹鶴政孝と運命的に出逢う。極東の日本で政孝の生涯を献身的に
支え続けたリタの心のよりどころとは――。ニッカウヰスキー創業者・竹鶴
政孝と、妻リタの人生をモデルに描いた感動の長編伝記小説。

森 瑤子(もり ようこ)

1940年、静岡県生まれ。東京藝術大学器楽科卒。朝日広告社に勤務した後、
イギリス人と結婚、三女をもうける。78年、『情事』ですばる文学賞受賞。
著書に『誘惑』『嫉妬』『傷』『風物語』などの他、多数のエッセイや、
翻訳も手がけた。93年7月、逝去。

望郷 森 瑤子 角川文庫

エピローグ(P509)

現在、リタは余市のニッカウヰスキーの工場を眼下に見下ろす高台で静かに
眠っている。不思議なことにリタが亡くなった一月十七日の夕方頃、余市の
各地で、一羽の白い丹頂鶴が西のほうへ飛ぶのを目撃されている。土地の
人々は、リタの魂が化身となり、望郷の念にかられて故国スコットランドへ
帰って行ったのだろうと噂し合った。そしてリタの墓には、こう刻まれている。

―― IN LOVING MEMORY OF RITA TAKETSURU ――