【大河ドラマ】琉球の風スレ
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大河ドラマ初の沖縄(琉球)が舞台の大河ドラマスレです。 まちBBSの沖縄板に宣伝しないと、書き込みなんて無さそうだなw 尾上菊五郎に富士純子夫妻の子が寺島しのぶだったという、
親子3人勢揃い大河だったような。 >>9
冨士 じゃなくて 富司ね
寺島しのぶは彼女の娘だからどんな可愛いこと思って楽しみにしたら
↓
ポカーン
思えば、それ以来ずっとアンチで。
またこれがブサの割りに出るんだよく。
純情キラリなんか、姉妹、知り合いみんな美形の仲でこれだけは。
愛の流刑地とか、高島礼子が元妻の男が、こいつと不倫するとかぜってーありえない設定 工藤夕貴も出演してなかったか?
しかし今だからこそ、DVD-BOXを出してくれないかな?
音声もオリジナル版(標準語)に、完全吹き替え版(沖縄方言)の両方を収録して発売してほしいよ。 東山紀之と渡部篤郎が異父兄弟、名前は孫なんとか。
ママンが小柳ルミ子。
東山の親父は萩原健一、台湾だか大陸からだか沖縄に帰化した家系の医者。
渡部の親父は羽賀研二、琉球舞踊家。
東山の彼女が原田知世。
渡部の彼女が工藤夕貴。
琉球王家は>>9の3人と沢田研二。
沢田研二が新しい琉球王になり、前王の娘、寺島しのぶが妃になる。
が、寺島妃は子供の頃の熱病が原因で不妊症。
間寛平は元海賊。
他、細かい部分は忘れた。 >>14
萩原健一は医者だったかどうか自信がない。
やたら船に乗ってたから商人かも。 渡部篤郎が北条時輔やった時、琉球の風のキャラのまんまやなと思った
>>13
工藤夕貴は茶屋四郎次郎にテゴメにされるんだよね?
月の場面に切り替わる演出だったけど、正直おっきした。 このドラマって評判悪いけど、今の天地人や武蔵と
比べるとどういう感じ? 地味だけど今となればそんなに評判が悪いとは思えない。 琉球視点からの琉球史は一種国際政治的な要素もあるからDVDは欲しいな
取っ掛かりと言うか、印象がつかめる。
ドラマの質とは関係なく、そう言う意味で時宗、慶喜あたりも欲しい 琉球王朝を通史でやってほしかった。
いきなり、あのあたりの時代からやられたら、何が何やらわからへんだ。
沖縄の歴史なんて興味ないわ!
てな感じで、ちゃんと見てなかったんだよなー。
今なら有り難く見るのになぁ。。 >>24
尚巴志の三山統一なんてやれば絶対面白い。
韓国時代劇の影響で日本人に全く馴染みのない歴史物がウケてきてるから、日本も琉球を舞台にしたドラマをやればいい。 年取ってカクカクするショーケンとキレた渡部の演技が最高だった。
ほとんどが架空の人物だけどドラマしてたな。
薩摩の密貿易とかも描いてた気が。 今では興味のある作品だけど、俺は子供だったので視聴してなかった。
琉球の風って非実在の人物は具体的にどんなことを行ってきたか
分かりにくい作品だな。ネットで調べても情報は少なかった。
誰か説明して頂きたい。 最近、東山がエッセイで、
「渡部篤郎と東山のキャスティングが逆だったらよかった」
と書いていて、大河のキャスティングに主役自ら文句をつけるなんて・・・と
びっくりした。
渡部が琉球舞踊の振り付けに苦労していて、東山ならもっと楽に踊れたのに
ってことらしい。
でもホント、そうだったらもっと存在感のある主役になってたろうねえ。
途中からは完全にショーケンと渡部(&島津義久)が主役だったもんなあ。
東山と原田知世は完全に食われていた。
それでも私はこの大河、とても好きだった。
脇役が良かったせいかもしれない。
ショーケンの「俺たちに国は必要ない」みたいな台詞はすごく説得力あって
印象に残っている。 東山も原田も控えめで脇に入る演技を良しとする役者だからな〜・・・
逆に張り切ると全体がダメになるタイプの役者。
その二人が主役とヒロインだったから辛い部分はある。
渡部が主役なら原田も生きた・・・とは思う。
渡部は前に出てナンボの役者だからな。
実際、二人で主演した映画は悪くなかったし。
東が主役なら工藤あたりをヒロインに持ってくるべきだった。
まぁ、当時は東はジャニのトップスターで原田は映画女優で当たりまくってた時代だから仕方ないが。
ってか、このドラマは元から群像劇っぽい部分があったから東&原田でも悪くはないんだけど。
主役が脇役を引き立てる演技って確かにあると思う。
トムクルーズと東山を並べるのは・・・なんだが・・・
中学時代にこれ見て琉球衣装が好きになり、沖縄で仕立ててもらった。
こんなもの。
ttp://www.photo-ace.com/pictures/ryusou/3.jpg
ただこれで初詣に行きたかったが家族から大反対くらって中止。 スレあったのか
うち地元だが家でも学校でも誰も話題にしてなかった
覚えているのは、王が寺島王妃そっちのけで
王妃母富司の所に入り浸り
美人な母と残念な娘、実の親子でこの設定て酷だなーと思った うしゅがなしーめー
ぶくぶくちゃ
…しか覚えていない。
毬屋友子が王様の子どもを身ごもって
姿を消したんだよね? 富司の発音する「うしゅがなしーめー」の音はすごく耳に残ってる。 琉球の風は主役が東山紀之だから見なかった。
義経も主役が滝沢秀明だったから見なかった。
新撰組!も主役が香取慎吾だったから見なかった。
似たような理由で武蔵も佐々木小次郎が松岡まさひろだったから見なかった。 >>38
そういう理由で観ないってちょっと損してるかも。
○○が出てるから観ないんじゃなく●●が出てるから観てみようって方がいいと思う。
ジャニが主役なのが嫌なのはともかく、脚本と他の俳優さんで成功してるドラマは多い。 義経は平家物語のつもりでみてた。
実際、そっちに力はいってたし。
壇ノ浦以降、我慢大会だったけど、れんじ富樫がみれた自分は勝ち組 蓮司のために我慢して見るって言うのもマゾっぽくていいな 沖縄ブームのはるか前だったからなぁ。
「ちゅらさん」の直後に放送してれば、大分違ったかもな。 前年の「信長」?の秀吉役だった仲村トオルがそのまま、秀吉役で出てたのが良かったな・・・
別の大河でも、ほぼ同時代だったら同じ役柄だとつながりを感じれていいんだけど、
いっつも配役変わっちゃうしねぇ。 「ちょだ〜や、ちょだ。 ちょだちょだちょ〜。」
ちゅら海紀行の歌が未だ耳から消えず。
就職した年だったから印象深いんです。 ちゅら〜や、ちゅら。ちゅらちゅらよ〜。
てんぬつばさ、あや〜さちゅらさ〜。
って、私には聞こえたが。 これ、NHK総合で98年ごろ再放送されていたな。
あの時期総合で再放送したのは武田信玄とこれだけだった。 「テンペスト」を読んで改めて「琉球の風」が見たいと思った。
時代は少し違うが、琉球王朝をもう一度映像で見てみたいよ。
再放送、切に希望。 テンペストね・・・
正直、封印してほしい作品だよ@沖縄人 >>49
どっちを封印?
琉球の風?
それともテンペスト?
昔からの池上永一ファンなんだが。 >>48
テンペスト読んだことないけど、
解説を読むとチャングムのような内容だった。
読む気うせて買わなかったけど、感想は聞かせてほしい。 これって兄貴が赤マフラーでモンゴル兵斬りまくるんだよね すごく勉強のできる絶世の美少女(第1尚氏王朝の末裔)が、
宦官と偽って科挙みたいな超難関試験を突破して役人になり、
琉球王朝末期の激動の時代を生き抜く・・・という話。
途中でだんだんトンデモな話も混ざってくるが、
大部な本のわりにサクサク読めるし、
琉球処分がらみの大筋が掴めて良かった。
琉球の風で薩摩に侵攻された結果が、この本の時代と密接につながってくる
ので面白かった。 >テンペスト
装丁は歴史小説、中身は美少女ラノベ
一番向いてる媒体は漫画と思われる
池上どうしちゃったんだと思った本 琉球の風では薩摩の侵略が印象的だった。まさに対外関係を思わせる。 ドラマ不況の今と違って、ドラマ視聴率全盛期に大河が低視聴率に苦しんでたのが興味深い。
それにしても、93年頃に原田知世がヒロインってキャスティングも地味だね。
太平記や信長でアイドルやトレンディー俳優使いすぎた反動? 太平記 琉球の風 炎立つ 花の乱は毎日のように見てた。
平成五年 年末時代劇で 「鶴姫伝奇」みたけどあれも面白かったなー… 人類学的・民俗学的には本土も沖縄も近い。
ウィキペディア-琉球民族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E6%B0%91%E6%97%8F
>九州以北の住民とは、同じ祖先を持つことが最近の遺伝子の研究で明らかになっている。
>また、中国南部及び東南アジアの集団とは、地理的には近く昔から活発な交易が行われていたため、
>九州以北の住民と違いその影響があったと考えられていたが、
>遺伝子の研究からそれらの集団とは比較的離れていることが判明している。
>九州以北の住民との近縁性と共に、それを介して北海道のアイヌ民族との近縁性も指摘されている。
>考古学などの研究も含めて南西諸島の住民の先祖は、九州南部から比較的新しい時期(10世紀前後)に南下して定住したものが主体
ウィキペディア-沖縄県の歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
>琉球王国の正史『中山世鑑』や、『おもろさうし』、『鎮西琉球記』、『椿説弓張月』などでは、
>12世紀、源為朝(鎮西八郎)が現在の沖縄県の地に逃れ、その子が琉球王家の始祖舜天になったとされる。
>真偽は不明だが、正史として扱われており、この話がのちに曲亭馬琴の『椿説弓張月』を産んだ。
>日琉同祖論と関連づけて語られる事が多く、この話に基づき、大正11年には為朝上陸の碑が建てられた。
>表側に「上陸の碑」と刻まれて、その左斜め下にはこの碑を建てることに尽力した東郷平八郎の名が刻まれている。
>『中山世鑑』を編纂した羽地朝秀は、摂政就任後の1673年3月の仕置書(令達及び意見を記し置きした書)で、
>琉球の人々の祖先は、かつて日本から渡来してきたのであり、
>また有形無形の名詞はよく通じるが、話し言葉が日本と相違しているのは、遠国のため交通が長い間途絶えていたからであると語り、
>王家の祖先だけでなく琉球の人々の祖先が日本からの渡来人であると述べている[2]。
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