>>397
(続き)

そんな馬鹿な。しかし先生はいたって真面目だ。医学界では人間ドックの最中、患者が
意識のない状態で暴れまくることを「虎になる」と言うらしい(この病院だけかも
しれない)。確かに目が覚めた時、妙に全身に疲労感があったし、声も少しかれていた。
間違いなく僕は、その時「虎」になっていた。

普段、人に迷惑を掛けずに生きようとしている者にとって、それは悪い病気が
発見される以上にショッキングな「告知」であった。先生や看護師さんたちを前に、
抵抗を続ける自分が想像出来ない。しかも肛門丸見えの状態で。菓子折りを持って、
関係者一同の元を順に回りたい気分だ。

落ち込む僕を見かねて先生が言った言葉が、さらに追い打ちをかけた。「たまに
いらっしゃいますよ、そういう人。麻酔の効き方が緩いと意識が残って、普段
抑制している本来の自分が出てしまうんです」

待ってくれ。ということは、そっちが本来の僕なのか。僕の真の姿は「虎」なのか。
そんな荒々しい部分をひた隠し、抑えに抑えて生きてきたのか。暴力的で自分本位で、
人からどう思われようが己の本能に従って生きる、野獣のような男。それが本当の
僕なのか。

(続く)