>>192 より続き

慶喜たちがその頃何をしていたのかと言うと、ペリー艦隊が来たのでなにかあった時に備えて老中から「火事装束」で待機
するよう言われるが、慶喜は「何故敵が来るのに戦装束ではないのか?」と言い、火事装束を着てきたものに着替えるよう
に言う。家老の土岐は「御老中の命令ですから」と言っているが、上の命令ならそれがどんな命令でも考えずに従ってしま
うという、「悪い意味での日本人らしさ」全開である。これ田向正建は、こういう「悪い意味での日本人らしさ」をこの作
品に随所で入れているが、20年以上たった後も似たような状況なのをあの世でどう思っているのだろう。まぁ、よく考えて
みると、もしこの時点でアメリカ艦隊が攻撃して来たら、火事装束だろうが、戦装束だろうが結果は似たようなものでしか
ないだろうが。

海防参与となった斉昭と、阿部たち老中が徹夜でペリーたちにどう対処するか話し合っている。ここ朝になって明かりを消
す茶坊主(だと思う)が出てきてそう分かるのがなかなか細かい。

続きます