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…翌二十九日朝、信長は、甲斐の国を直轄領とし、代官に河尻与兵衛を任命した。

信長 「今日よりその方に軍団の指揮を委ねる。当分は諏訪に留まり甲州・信濃の静謐を見届けよ。

さて、恵林寺は佐々木義賢の次男を隠し置くと聞いた。六角は本願寺、武田、浅井、朝倉を画策し最後までわしに逆らった一人じゃ!

…光秀、そなたが恵林寺に罷り、匿われている佐々木二郎を捕らえて参れ。差し出しを拒む時は、坊主どもを寺に押し込めて即刻焼き払い、皆殺しにするのじゃ!」


光秀 「…恐れながら申し上げます、、恵林寺の住持は帝より昨年、大通智勝という国師号を賜った名僧にござります。どうか助命の儀、伏してお願い申しあげまする、、、」


信長、「わしが与えた国師ではないっッ!! 助命など、罷り成らぬッッ!!! よいか光秀っ!天下布武とは、武士が天下をほしいままにすることじゃ。
天下のことはすべてこのわしの手中にあるのじゃッ!! 努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞッっ!!!」


 信長は光秀の助命嘆願を撥ねつけた。 その日の午後、恵林寺を包囲した。すでに二度程使者を出して、佐々木二郎らの引き渡しを求めていた。


快 「…引き渡すことは出来ぬ。寺は守護不入、また信玄公の菩提寺でもある。即刻に立ち去れ…」


 その都度快川は拒絶した。それで、三度目の使者には、光秀自身が行くことにした。山門をくぐると、僧衆七、八名が光秀を取り囲み、そのまま楼上の僧坊に連れていく。


光秀 「…国師様っ! お久しゅうござります、光秀でござります。ご受難とうけたまわり、罷り越しました。どうか、武田の落人はお引き渡しの上、ひとまずこの寺を立ち退きくださりませっ!」


快川 「…光秀か…、いずれは、そなたが参るであろうと思うていた…。当寺は信玄公の菩提所ゆえ、織田勢の恨みを買うのは致し方あるまい。されど寺に世俗の権威は及ばぬのが古来からの仕来りではなかったか?

守護不入の権は朝廷によって保護されてきたもの…。境内を取り巻く織田の軍勢は早々に立ち去らしめるが帝にお仕え申し上げる武人としてのそなたの役目ではあるまいか…?」


光秀 「…お、仰せはごもっともにござりまする、、なれど、天下布武の信長公に、その理は通じませぬゆえ、、」


その時、国師の後ろに座っている長老が声を発した。

「光秀、わしを覚えているか?」

 国師の影に隠れて、その面容を定かに捉えることが出来ない。 光秀は立ち上がってそこに座る老人を見据えた。


光秀 「…とっ、土岐のお屋形様では……」


 声の主は土岐頼芸であった。光秀は父と訪れた南泉寺で主家筋に当たる土岐頼純、頼芸の兄弟に幾度も会っている。


頼芸 「…光秀よ、寺は守護不入、武家の権力は及ばぬ。錦の威光により保たれてきたこの権証が信長により覆されるようでは、天朝の存続さえ危ういと思わねばならぬぞ。」