◇本編内容◇
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 駿河国・由比。夜に篝火を焚いて、面をつけた男女が調べに合わせて舞を舞っていた。そこへましらの石が不知哉丸を連れて訪ねてくる。「石…!」と面をとった女は花夜叉その人だった。
「文は読んだ…藤夜叉はかわいそうなことを…」と花夜叉は言い、「不知哉丸、よう来たのう」と不知哉丸を抱きしめた。

 石は能面を眺めながら、「もう田畑にしがみついて暮らすのはこりごりじゃ」と言い、旅芸人の一座にまた加えて欲しいと花夜叉に頼む。「この一座はわぬしと藤夜叉が生まれた里のようなものじゃ」と花夜叉は言い、
一座もかつての仲間はみな独立して去っており、いまの一座に石を知る者は一人もいない、芸風も変わったと石に語る。
「石も一から出直せばよい」と花夜叉は言い、不知哉丸もここで育てればよいと石に言う。そして先ほど花夜叉と一緒に面を着けて舞っていた男を「服部元成どのじゃ。新しい猿楽舞の名手ぞ」と紹介する。

 そこへ一座の者が足利軍が北条の残党を追って信濃に攻め込んだとの知らせをもたらした。花夜叉は一座がこれから鎌倉へ向かうことを告げ、鎌倉は無事かどうか気にかける。
 鎌倉を奪回した足利軍は北条残党を追って信濃に攻め込んだ。ところが越後の新田一族・堀口氏も信濃へ同時に攻め込み、信濃の支配をめぐって足利・新田両家が争う形となってしまった。

・・・「信濃を手放すとは言うておらん。新田殿と戦いたくないだけじゃ」と尊氏。しかし直義は今回の戦に協力しなかった新田の上野の領地をとりあげて恩賞にするべきとまで言う。

「そちは…大塔宮を害し奉ったばかりでなく、新田殿とも争い、都の者すべてを敵にまわすつもりか?」と尊氏が責めると、直義は「そうでもいたさねば都好きの兄上が本気で武家のためにお立ちにならぬと思うたのです!」と答えた。
「愚かな・・!」「愚かは兄上じゃ!」と怒鳴り合う兄弟。そこへ高師直が割り込み、今の事態はそもそも直義が鎌倉を守りきれず捨てたことが原因、と直義を非難する。

 三河から登子と千寿王が鎌倉へと戻ってくる。同行していた一色右馬介が一足先に鎌倉に入ってきて尊氏に報告する。尊氏が不知哉丸の消息を聞くと、右馬介は花夜叉一座に見張りをつけていることを告げた。
 尊氏は「みなわしのまいた種じゃ…」と右馬介に語り始める。自分が都を出なければ藤夜叉が死ぬこともなかった。宮も自分が鎌倉に預けなければ殺されることはなかった。
さらに自分が北条を倒したりしなければ多くの武士が公家に土地を奪われることもなかっただろう。「わしがわずかばかりの夢をみたばかりに…みな、わしが引き受けるしかない」と尊氏は自らを責め続けるのだった。

 一方、都では藁束で刀の試し斬りをしている義貞に、脇屋義助が「堀口を信濃に行かせたことがそれほどご不満か!?」と詰め寄っていた。今度のことで足利を牽制できると公家達も喜んでいる、と義助が言うが、
義貞は「わしは万が一、帝の命で足利殿と戦うことになっても、正々堂々と戦う。正面からじゃ!信濃辺りに忍び込んで盗人のような真似はせん!」と義助を一喝する。

「そなことを言うとるから足利にしてやられるのじゃ、」と義助は言い返し、公家に反足利の気運が盛り上がっている今こそ新田の力を伸ばすべきだと意見する。
「そういたさねば、いつまでたっても兄上は足利の上に立てませぬぞ」との義助の言葉に「わしがいつ足利の下に立った…!」と憤然とする義貞。義助は追い打ちをかけるように都の人々の新田評を告げる。
「しょせん新田は朝廷が足利を牽制するために引き立てた者よ、猿回しの猿に過ぎぬ、と!」この言葉に義貞は義助をにらみ返す。

 鎌倉では戦勝を祝う宴が催され、花夜叉一座が舞を見せていた。舞を見ながら、尊氏は久しぶりに母や妻子と水入らずのなごやかな談笑を楽しむが、直義はその団らんムードに嫌気が差して席を立ってしまう。
直義が町を見回ってくる、と言って屋敷を出ようとすると、門で不知哉丸が「おじちゃん!」と声をかけてきた。驚いた直義が事情を聞くと、一座と一緒に来たのだが宿で待たされているのが退屈で出てきたという。
「母御は?」と直義が聞くと「おっ母は死んだ…」との答え。直義は「こっちへ来い」と不知哉丸を屋敷の一室へ招き入れる。