いつか大河ドラマで取り上げて欲しい歴史上の人物や題材を挙げてくれ★4
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俺はやっぱり雑賀孫市の大河ドラマが観たい☆(ゝω・)vキャピ
前スレ
いつか大河ドラマで取り上げて欲しい戦国大名や武将を挙げてくれ★3
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1516949809/ 清少納言(北川景子)と紫式部(広瀬すず)のW主人公で平安宮廷絵巻なんかどう?
劇中劇に源氏物語を挿入すればいい ☆ダメ押しネタの発表です!☆
来年4月からTBS日曜枠で、あの「半沢直樹」が帰ってきます! >>757
いいな、それ
美術スタッフが死にそうだけど 厚生労働省麻薬取締部では、入手ルートなどを詳しく調べています。
以上 紹運も宗茂も吉弘の人間。統幸にしても何故あれほどの武将たちが生まれたのか?
吉弘家に関する本を読めばわかる。 >>767
紹運主役の大河は難しいと思ったから立花親子と書いた訳だが ???????
九州三国志なら、龍造寺、島津、大友が主役級で、それに紹運は大友家臣に過ぎない。
主役級にはなり得ない。 最近は主君より家臣筋が主役の傾向が強いから九州三国志やるなら
龍造寺なら鍋島家、大友なら立花家じゃないかな
島津は幕末で頻繁に登場する(舞台になる)から戦国は敵役に回りそう 軍師官兵衛、南蛮の孟獲みたいな島津一族には失望した
敵もキチンと書いてくれる脚本家でないと 九州征伐を丁寧に描いた大河ドラマが見たい
軍師官兵衛の時は絶好のチャンスだったのにあまりにも適当だった
NHKは戦国九州をまともに扱うなという不文律でもあるのかな? >>752
そういう才女二人+劇中劇に「源氏物語を」ってパターンは映画2作で大失敗してるから >>718
お前は知らんかも知れんけど熊本県玉名方面の人は激怒しながらもみんな見てるからな
西郷どんの田原坂の回とか逆鱗に触れてたようだけど >>163
数年前? 司馬遼太郎「箱根の坂」では伊勢氏
伊勢新九郎だろ 「東京五輪までに逮捕される」ヤバイ芸能人リスト(1)マトリがリベンジに燃えるY- 記事詳細|Infoseekニュース https://news.infoseek.co.jp/article/asageiplus_128267/ 今のバラエティ番組の基礎を築いたのは萩本欽一だから
テレビ界の革命児として取り上げてくれ 懐良親王と菊池武光のW主演もしくは対立する九州有力守護も絡めた群像劇
九州を舞台ならこの手のスレで人気のある立花宗茂より征西府の九州統一の方が大河ドラマの尺やスケールにふさわしいと思う >>811
まあ
描ける
脚本家も演じきれる役者もいない罠 南朝に献身した南部一族の物語。
北畠父子と共闘して、北の果てで孤軍奮闘する南部師行、政長兄弟を中心に、
師行祖父で護良親王らと赤坂城に70過ぎで立て籠もって京都で斬首された実継、
実継父で日蓮を庇護した実長らの、反骨の一族の歴史をやってほしい。
大河には南朝史が足りてなさ過ぎると思うのよ!
とにかく南朝をたまにはやれ!!!
信濃の大鹿村で数十年闘い抜いた宗良親王はじめ、九州で無念の死を遂げた懐良親王、
金ヶ崎で自害した尊良親王、華やかな大鎧を纏って馬で駆けた後村上天皇、
殿を務めて討死した公家大将はじめ、人材と物語の宝庫だろうに。
四条家なんて二代にわたって、二代の天皇の殿を務めて、どちらも戦死、
結局断絶してるんだぞ
尊氏しかやっちゃいけないのか? 明治天皇も南朝ファンだったんだぞ 向井理 賀来賢人 中川大志 磯村勇斗 竹内涼真あたりはいずれの親王にも似合いそう
武闘派の懐良親王は今日から俺はの賀来賢人とか
大河主演済みだけど鈴木亮平 岡田准一とかが菊池武光
西郷どんの菊池繋がりで鈴木か
岡田は京で
武門の王でいうと博多の商人水野十郎太は阿南健治一択 >>818
おおおお、同志よ〜
太平記を一度やり、清盛もやったんだから、南朝史ができないこともないと思うのに、
結末に救いがないからか、やってくれないよね
うちはルーツが熊本にあり、さらにさかのぼると
懐良親王が亡くなった地域の南のあたりの出身の先祖がいてね、
あのあたり、親王を最後までお護りした人達の地名が残っていたりしますね。
自分も子供の頃、そのへんに一度行ったことがあるんだけど、本当に山深くて
親王はさぞかし無念だったろうと今になって思います。
一度は九州に覇をとなえただけに・・・・
親王の母が二条家出身でしたっけか、胸が詰まるような親王の辞世の和歌がありますね
宗良親王と懐良親王の和歌の贈答もありますね
懐良親王が出家の意志をもらされたら、宗良親王があなたのような立派な人が、と
弟宮を鼓舞された和歌が。 南北朝時代はスケールが大きくて面白い大河になりそう
南北朝合一まで描くならクライマックスは南朝の脅威が取り除かれた今川九州探題軍の大宰府奪回か
始まりは鎌倉幕府の終焉からになるのだから登場人物と舞台が京をはじめ東北北陸九州など多岐多様にわたる
でもこれだと長すぎるからひとりの主人公では無理かな
はじめは後醍醐天皇,尊氏,新田を中心に六波羅探題陥落、建武の新政、南北朝分裂,室町幕府樹立まで
続いて京の内紛や地方へ散った後醍醐皇子らのエピソード
大半を九州での懐良親王の菊池武光との出会いや一色探題,守護との戦い九州統一まで
それにしても征西府の高良山後退から懐良親王が没するまで十年ほどあったはずだけど追討もされずあの深い森でどんな暮らしをしていたのだろうか
足利の世を甘んじて受け入れた人物像じゃないんだけどな 蓮如を取り扱ってほしい
この人の人生は宗教教義争いを一切抜きにしても波乱万丈で
親鸞の没後に衰退の極みにあった本願寺を日本国内最大の教団にまで膨らませた
圧倒的なサクセスストーリーになりうる
また妻を5人も娶り27人の子をもうけるなど絶倫の大恋愛家でもあったため
嫁役から子孫役まで多彩なキャストが見込める
しかも蓮如の出世物語を日本の裏歴史だとすると表の歴史事変は応仁の乱
幕府の低迷による治安悪化と大名の興隆に争って一向一揆を仕掛けたり
寺内町の形成で庶民生活を守ろうとした本願寺の戦いは
ドラマチックな庶民目線の大河になるはず
https://i.imgur.com/fbipzAt.jpg 割と資料もあって実現可能なのは北条早雲かな
実現すれば室町末期〜戦国初期の大河空白時代を埋める作品になる 続忠臣蔵
小林央通の子孫が富士山を「富嶽百景」に描き
清水義久の子孫の清水義範が「蕎麦ときしめん」を書き
大石良雄の子の大三郎が女狂いで鼻を欠く 田中久重
田中 久重(寛政11年9月18日(1799年10月16日) - 明治14年(1881年)11月7日)
江戸時代後期から明治にかけての発明家。「東洋のエジソン」「からくり儀右衛門」と呼ばれた。
芝浦製作所(後の東芝の重電部門)の創業者。
幼い頃から才能を発揮し、五穀神社の祭礼では当時流行していたからくり人形の
新しい仕掛けを次々と考案して大評判となり「からくり儀右衛門」と呼ばれるようになる。
20代に入ると九州各地や大阪・京都・江戸でも興行を行い、各地にその名を知られるようになる。
その後京都へ移り、1847年に天文学を学ぶために土御門家に入門。1849年には、
優れた職人に与えられる「近江大掾」の称号を得た。翌1850年には、
天動説を具現化した須弥山儀を完成させた。
その後、再び西下して佐賀に移住した久重は、1853年、蘭学狂いといわれた鍋島直正が治める
肥前国佐賀藩の精煉方に着任し、国産では日本初の蒸気機関車及び蒸気船の模型を製造する。
また、軍事面では反射炉の設計と大砲製造に大きく貢献した。
1861年には佐賀藩の三重津海軍所で、藩の蒸気船「電流丸」の蒸気罐製造の担当となり、
1862年には幕府蒸気船の千代田形蒸気罐の修繕を行う。
1863年には実用的に運用された国産初の蒸気船である「凌風丸」建造の中心的メンバーとなっている。
1864年には佐久留米に帰り藩の軍艦購入や銃砲の鋳造に携わり、同藩の殖産興業等にも貢献した。
1873年に、新政府の首都となった東京に移る。75歳となった1875年に東京に電信機関係の製作所・田中製造所を設立。
1881年11月7日、82歳で死去。久重の死後、田中製造所は養子の田中大吉が引き継いで芝浦に移転し、
株式会社芝浦製作所となる。後に東京電気株式会社と合併、これが現在の東芝の基礎となった。 >>837
加藤清正とか小早川は未来永劫蔑まれ続ける お正月ドラマでいいから、クライマックスは天正地震で、内ヶ島 氏理(うちがしま うじまさ)の生涯、帰雲城の話が見たい 柿本人麻呂
政治の中央にいたのに左遷されて最後は島根で人生の幕を下ろした
まともな記録は残ってないけど
残された膨大な歌からその人生を推測することはできそうだし
梅原猛の本なんかは脚本の参考になりうる 水底の歌ですか?
「海女と天皇」とか「聖徳太子」もおもしろかった >>835
おもしろそう
「仁」にちょろっと出てきた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています