それから、なんと俵野に西郷の妻糸子が訪ねて来る。
これはまったくのフィクションだが、呆れた。

 まず、妻に陣営を訪ねさせるという、作り手の歴史に対する感覚を疑う。
下っ端の兵士だったら、処刑されるレベルの話である。維新のさい、恋人が陣営に訪ねて来たため、
心中に追い込まれる兵士の史実を、僕も著作で紹介したことがある(『長州奇兵隊』中公新書)。

 『花燃ゆ』では、下関で外国艦への砲撃真っ只中の久坂玄瑞のもとを、
妻文が訪ねて来るというとんでもない創作逸話があったことなどを思い出す。あの後、
玄瑞は文にひざ枕をしてもらいながら、話していたと記憶する。『花燃ゆ』も色々と批判はあったはずだが
(僕の周囲では絶賛以外の評価は厳禁だったようで、追従するか、黙りこくるかだった)、
あまり反省になっていないのだろう。変なところで、「薩長同盟」が締結されているものである
(玄瑞については来月ミネルヴァ書房から出す『久坂玄瑞』に、さんざん書いた)。