第十四回「秋霧」

藤夜叉たちのもとにも赤坂城陥落の知らせが入り、藤夜叉は石の安否を心配する。不知哉丸は足利の
陣営を覗きに行って、「鎌倉の侍大将がいた。わしも侍大将になりたい」と言って藤夜叉を困らせる。その夜、
藤夜叉の家に石が突然忍び込んできた。石は変装した楠木正成を連れてきていた。石の無事を喜びつつ、
いきなり正成に酒と飯を用意しろと言う石に怒る藤夜叉。そこへ花夜叉がやって来る。花夜叉は正成がいる
ことを確認すると、こわごわとした足取りで家に入り、正成に対面する。「兄上…お久しゅうございます。身勝
手な妹に、さぞお腹立ちでしょう」と花夜叉が声をかけるが、正成は黙ったまままともに花夜叉を見ようともし
ない。正成をかくまって大和まで連れていきたいと花夜叉は申し出るが、正成は「その方は楠木の家を捨て
て猿楽舞と出奔いたした者…申し出は有り難いが受けるわけにはいかん。とく帰れ」と冷たくあしらう。花夜叉
はその言葉を聞くと「では猿楽舞と駆け落ちした卯木は引き下がりましょう…なれど、花夜叉一座はこの地の
豪族・服部小六さまのご恩を受けて座を長らえている者。その服部様より正成様をお助けするよう命じられて
おります」と毅然とした顔で言う。「この花夜叉、一命にかけ楠木様をお守りいたす所存でござりまする」と言う
花夜叉に、正成は無言で応じる。