【2020年 大河ドラマ】麒麟がくるpart121
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【放送】2020年1月19日〜
【脚本】池端俊策 / 前川洋一 / 岩本真耶
【制作統括】落合将【プロデューサー】藤並英樹
【音楽】ジョン・グラム【題字】中塚翠涛
【時代考証】小和田哲男【衣装デザイン】黒澤和子【風俗考証】佐多芳彦【建築考証】三浦正幸
【医事考証】星野卓之【古文書考証】大石泰史【時代考証補】小和田泰経【所作指導】花柳寿楽
【芸能指導】友吉鶴心【殺陣武術指導】久世浩【馬術指導】田中光法
【演出】大原拓 / 一色隆司 / 佐々木善春 / 深川貴志
■公式サイト https://www.nhk.or.jp/kirin/
■Twitter @nhk_kirin
【出演者】
https://www.nhk.or.jp/kirin/cast/
※前スレ
【2020年 大河ドラマ】麒麟がくるpart120
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1593814511/ >>218
それは秀吉役な
信長役は名前だけで敢えて出さないで見えない怖さを掻き立てるのも有りかな
葵とか政宗でそれぞれ秀吉、信長を出さなかったのは想像力を掻き立てて良かった センゴクが丁度唐攻めにたどり着いた
どんな解釈するか楽しみ >>218
人間50年って人生50年って意味じゃないから 原典ではそうかもしれんけど通俗的にはそう理解されてるんだからそう大上段からいうことないのでは 一つの大河の名場面集より、色んな大河から信長や光秀を比べてみるとか、そんな企画のほうがいいな >>225
最高視聴率だしな
政宗が家康に対して謀反人政宗討ち果たす場面で
家康が明智光秀がおる石田三成もおるって
セリフに出てきたけど >>203
自分も柄本明て好きじゃない
何やらせても同じにしか演じられない
たまに大声あげると気持ち悪いし
息子ふたりも同様 石田三成主役でも晩年の秀吉はヒステリックになるのを三成が押し留めるという描き方もできる >>222
でも結局、「人間にとっては長い50年」って、
やっぱり「およそ寿命」っていう意味に近いんだと思う。 >>225
麒麟がくるの出演者が出ているからかなと思ってる。
稲葉役の村田雄浩さん出てたはずです。
国盗りには、伊吹さん、利家とまつには、伊藤さん。そして、秀吉には西村さん。 >>216
確かにマイケル富岡の代表作は?って聞かれたら
ヤキソバンって答えるわw
最近ほとんど見かけないけど >>231
そういうことなら坂の上の雲やってほしかったな >>229
三成の息子二人は、関ケ原後も生き残っており
長男は戦後仏門に入る事で許され、生年が分からないが死んだのが1686年
100歳前後まで生きたと言われてる
次男は津軽家へ逃れ、名を杉山と代え子孫は家老待遇で優遇された
柿はタンの毒と言い、まだ生きる望みを捨てなかった三成
大河石田三成は、鴨川河川敷で斬られるのが最終回でなく
その後数回を息子二人が、生き残れなかった父の想いを語り
関ケ原で三成は全てを失ったと思ってる人が多いが
日本の官僚政治は三成から始まったと言われるなど
三成の行動や想いは、決して関ケ原で全て消えてしまった訳ではない
これを伝えるドラマであって欲しいと思う 三成はやっぱり太閤検地だなぁ。彼なくしてあの大事業はとてもまとまらなかったろうしあの検地があってこそ全国規模のより効率的な統治を可能にしたと考えると政務官としては傑物と言わざるを得ない >>230
この一節は天界を比較対象とすることで
人の世の時の流れの儚さについて説明しているだけで
人の一生が五十年と言っているわけではない (人の一生にも比せられる)五十年が、階層的な何番目かの天界では一日(あるいは瞬時)にあたるってことだろ。
庶民はその様に受け取ってるし、信長もそう受け取ってるし、たぶん作者もその意図で書いている。
だれも仏教の教説をかしこまって聞いてるわけじゃないからな。それが誤読ならこの際は誤読のほうが正しい しかつめらしい仏教の教義的な無常観を信長が好んだとは思えないしな 「上様、これは人間界の五十年が化楽天においては云々という意味でして」
「ふん。光秀、貴様は面白みのない男よのう。だから武将づき合いができんのだぞ」 来週はここでマヌールの夕べについて語ることになるんかな… 総合では来週は「ダーウィン」
再来週は麒麟の舞台裏
BSPでは「けものみち」が3回連続になっていた
総合とBSPで違う番組を放送するって事? 現代人に誤解してる人が多いからといって、当時の人も信長も誤解してたと勝手に決めつけるのはおかしくね >>232必殺技は揚げ玉ボンバー
松雪泰子がUFOガールのヤキソバニー >>249
なら全削除みたいなのに加担するな
それとも武田系武将のも全削除するか? >>250
姉川での一鉄の活躍は「浅井三代記」「武功夜話」「名将言行録」
「信長公記」をはじめ、「三河物語」、「当代記」、「年代記抄節」などには、全く苦戦している様子はない
お前は武功夜話の記述が事実としてWikiに無かったらキレるのか? >>234
それって
織田信長は本能寺で討たれたが
息子や娘が大勢生き残ってその血は天皇家にまで入ったのだから
信長は滅んだのではなく思いや行動は後世にまで続き希望のある終わり方になる
明智光秀は山崎で敗れ竹槍で致命傷おって自害したが
娘や孫が大勢生き残ってその血は天皇家にまで入ったのだから
光秀は滅んだのではなく思いや行動は後世まで続き希望のある終わり方になる
子孫を残せたかどうかを基準にすると変な大河になりそうじゃないか >>245
BSPでは「けものみち」が3回連続
NHKにしちゃずいぶん砕けたアニメやるんだなと思ったら
松本清張のドラマなのかよw >>253
後者と矛盾してる訳でもない記述がざっくり全削除されたらキレるわな
その時参戦すらしてない事になるだろうがウゼェ 舞台裏って麒麟でいいのか?
まぁそうじゃなかったりまた道三だらけだったら怒るけど
番宣にも出てない人の話聞きたいな >>262
拘りの強すぎる本木に苦笑いする長谷川と伊藤w 本木もか細い声なのに無理に野太い声にしてぜんぜん下手だったよ 想像してみよう。当時の人が五十年と聞いたときに何を思うか。人の一生に相当するほどの時間だろう。
「平均寿命」などという否定しやすいものを否定して安んじてちゃだめだな 要はひとの一生は夢まぼろしのようなものだと感慨してるんじゃなきゃ敦盛が心に沁みるかってことか いわゆる研究や学習が重箱の隅「だけ」をつつくものにならないように老婆心ながら(老婆心でもないかも)願っているよ >>220
最終章とか言ってるけど関ヶ原までやらないと残尿感が ヒューマンビーイングの訳に人間という語を当て、仏教的な呉音読みのニンゲンとしたのは明治以降 仏典だってはやり歌に引かれた以上、言葉は民衆のもので移りゆくってことだな。誰も止められないのは知っていよう >>281
運営にいうかここに議論スレ立てるかしたら? なあ、もう麒麟なんてどうでもいいやって気になってこないか?
本音を言わせて貰えばさ ただし麦ちゃんをばくちゃん呼ばわりする奴がいたら、君たちのその凡庸な真面目さでいちいち正してあげてほしい タイトル回収は頻発気味でしつこいからもういらないかな
安土城意味深謎炎上で終われ 明智光秀を真面目な常識人に描く大河なんか
今までさんざやって来たし
今年の大河は何も目新しさがないね 麒麟の十兵衛は真面目な常識人に見えてどっかズレてると思うわ >>287
今年の光秀はあんまり常識ないっぽく見えるからそういう意味では楽しみにしてる >>287
今年の大河は信長に目新しさがあると思う >>288
うん、川口春奈は頑張ってるしそれで構わないが、沢尻に帰蝶をキャスティングした最初の狙いからすると、本能寺の変も帰蝶謀略説が際立って面白かったと思う。 ある程度関わってくるくらいならともかく、帰蝶が主導で本能寺の変起こすは流石に無いんじゃないか? >>291
ナイーブで神経質な信長って緒形直人で見たような 今日の昼間のヒストリアの再放送面白かったから、お札シリーズで北里柴三郎やってほしいわ >>294
なんだかんだで隋天
飼いならしてたから
ナイーブでもなかったなw >>291
信長の描写で珍しいのは精神的な成長過程、変化を描いているところかな
今までの信長像って若いときから「The信長」なんだよね
本能寺の変や晩年期から逆算した青年期が描かれているだけで
うつけエピソードも「敵を欺くため、変わり者、価値観常識が違う新しい人間」
とかに描かれがち 信長の描写、なんでも帰蝶P笑ありき
帰蝶ドリーム小説 新しい信長良いよね
ありきたりなつまらない信長から脱却した
次に染谷が大河やるときは主演だろう 敦盛の人間はジンカンが正しいだろうし
平均寿命への言及でもないだろうけど
ひいては人間の一生は儚いものだという意味で共感されて来たんじゃないか
現代は能でも幸若舞でもニンゲンと言ってるけどさ ジンカンだと下天と対応しない。仏教用語は黄檗宗以外は呉音読みが基本で一般用語での漢音読みとは聞くだけで明確に区別出来た。 江戸時代あたりは仏教用語の解釈に近づくよう化天としてるけど
ポエムの作詞するときは仏教用語の厳密な正しさよりフィーリングを優先すると思うが…
正解は両説のどちらなのか断定できないが正しいだろうけど 「化天」は、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。 「下天」は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。
下天(化天)と比べたら、夢幻の如くなりって意味じゃん 坊さんじゃないから知らんけど
下天の一昼夜が人間の50年にあたるってことは、下天の一年は人間の18250年にあたるんかいな
やっぱりジンカン五十年、下天の内をくらぶればが正しそうだな 化天と下天は違うし六道転生での時間だからニンゲンであってジンカンではない 鎌倉時代当時の仏教用語の発音では、何なら平家物語の作者がどっちの発音をしてたのか明確に分かる史料がないんだったら不明だろう
化天と下天は違うし六道転生でのことだとこちらも説明してあるが? 平家物語は「化天」、信長が好んだとされる幸若舞の敦盛は信長公記だと「下天」なのかややこしい寝るわ 読経などされる仏教用語の発音が明確でないことはあり得ない いきなり話をぶった切って申し訳ないが、大河秀吉で、
野際陽子の明智母の磔のシーンをこの前、特集編で見たが何なの?
波多野家臣と明智・秀吉が数メートルの距離で、明智母が処刑されるシチュエーションが理解不能。
織田重臣たちが目の前にいたら、磔を中断して、波多野家臣は躍りかかるだろ普通。
鉄砲を足元に撃たず、明智・秀吉をまず銃撃するだろ?
実際、通して観てないから、ようわからん。 ちなみに「倶舎論」という仏教の論書に「人間五十年、下天一昼夜」とあり
平家物語もこれを意識したらしい
熊谷直実が出家した浄土宗の坊さんの個人ブログではじんかんとルビ、
曹洞宗の坊さんの個人ブログは「もとは仏教用語であったことは、「じんかん」とは読まずに「にんげん」と仏教独特の読み方」
臨済宗の坊さんの個人ブログは「にんげん」と読むか「じんかん」と読むか、人によって意見がちがうようである。しかし、ここにいう「人間」は今日一般に用いられている意味、すなわち人・人類・Human beingの意味ではなく、人の世・世間・俗世という意味である。この意味さえとりちがえなければ、「にんげん」と読んでも「じんかん」と読んでも、どちらでもよかろう。 あと平家物語には人間五十年の文言はなくて、幸若舞の敦盛が初出なんだなすいませんでした
まとめると
倶舎論の「人間五十年、下天一昼夜」や平家物語に影響をうけて
幸若舞の敦盛で「人間五十年、化天の内をくらぶれば、 夢幻の如くなり」の詞章ができる
人間は元は仏教用語で呉音のにんげん読みだったが、幸若舞の敦盛の成立時期や信長の時にニンゲンと唄ってたかジンカンと唄ってたか不明
じゃあ本当に寝ます ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています