大河はエンターテイメント性を高めたものとして始まったらしい
今回の主人公の資料はほぼ皆無に等しいくらいだそうだから脚本家の創造力を
ふんだんに発揮できる
批判しようにも実際に見た者はいないし、資料も殆どないのなら何も癒えないだろう

文部省の役人や学校の先生らしき人たちの批判らしき書き込みも少なくなるのではないか