100分de名著 part 2 [無断転載禁止]©2ch.net
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100分 de 名著
http://www.nhk.or.jp/meicho/
毎週月曜日/午後10時25分〜10時50分
<再>水曜日/午前5時30分〜5時55分、午後0時00分〜0時25分
(Eテレ)
前スレ
100分de名著
http://nhk2.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1383790562/ 太っていることの精神的コンプレックスは解消できても腰の痛みはどうにもならん。 「花子とアン」の花が「赤毛のアン」を読んで「これは私だ」と思うわな
っていうかアンをドラマの花にうまく投影してんだけどね >>480
茂木先生はそんな事を言いたいのではないと思う
アンは自身の生い立ちや境遇を全部意識外に追いやる(語る価値がないとしている)為に
赤毛という身体的特徴を負い目に感じことさら意識しているが、色んな経験がら自分の生い立ち
にも価値があるのではないかと思えたとき、初めて赤毛であることにこだわることから解放された
と感じる事ができた
それがダイアナ妹の件じゃあないの? 結局本人がどう捉えるかなんだよな 伊集院と同じく、感謝のお茶会から帰って来たアンを出迎えるマリラで
不覚にも感動してしまった。これがバブみか これもある意味ジョブズのスピーチ、コネクティング・ザ・ドッツと言えるな
昔の人も今の人も導き出す考えは同じ 読むたびに意見(見方)が変わるってのでいいと思うんだよ
怖いのは脳学者の意見が絶対になること
この脳学者はファンすぎるし
人の話は聞いて尊重するふりして自分の考えに引きずり込む
頭のいい人特有の己の感じ方が絶対的な嫌な感じがする 俺は茂木先生好きだな この人脳科学の事しか言わないところが潔くて心地よい ありがち
なのは自分が究めた学問意見が普遍的価値があると言わんばかりに吹聴する人 あれ嫌い
スレでもちょっと既出だが、最新回では伊集院に落語でアンやって欲しいっつってたね
関係ないが、伊集院が落語家に弟子入りしたっつう話はかなり聞いたと思うが、伊集院が
落語やっているところは一回も観た事無いわ 伊集院は落語かなり昔に辞めてるよ
談志師匠の落語にショックを受けたとかで まあでも深夜の馬鹿力のフリートークはフリースタイルの落語みたいなもんなので
師匠も大目に見ているんだと思うたぶんおそらく 求められている仕事とやりたい、目指していた仕事ってあるもんね 本人の中で頑張れて
充実感があればそれも良いだろう 求められているモノが目指していたものより簡単って
事じゃあないもんな まあ落語だってそれこそアマチュアでだってできるし また状況が
許せばやれば良いだけだもんな 私は伊集院キライ
全部自分に置き換えるのがウザい(異論は認める)
早く別の人に変われはいいのにといつも思ってる
女子アナはそれをうまく調整してると思う
武内アナよかったね
新しいアナはまだよくわからん
今回くらいは紙芝居じゃなくてアニメのやつ使ってほしいなー
実写はミーガンのやつ
それ以外のアンは認めない(`・ω・´ )キリッ 今、フランケンシュタイン見てるけど
伊集院も廣野由美子も何故ヴィクターがもうじき完成する2体目を覗いていたフランケンシュタインに気付いて壊したのか突っ込まなかったけど
バカなのかよ
(読んだことないから内容は詳しく知らないけど) 赤毛のアン(村岡花子訳)買ってきたぜー
あの女の子の声で再生されるんだろうな、楽しみだ この番組の伊集院とらららクラシックの高橋克典はアリ。
サイエンスZEROの小島はしゃしゃり出るからナシ。ヘウレーカの又吉はテンポ悪い。 サイエンスZERO南沢奈央から替わってたのか知らなかった あれはアレだよなー
アレなものを見たい人は見てくるといいぞ! >>472
伊集院信者はそんな見方してるのか
本好きの目線で見ると何も知らない伊集院の的外れ発言をフォローして番組を成立させてるのは凄いなって印象だが 番組の構成というか方針として
まっさらな状態で講義を受ける立場なのが
伊集院ではあるので
そこは認識しておくといいと思う 伊集院も割と知らない振りはしてると思うよ 経典なんて何回か番組で取り上げてるから知識は
入っていってると思う まあ伊集院がそういうの全然頭に入れていかない人だったら別だが
>>503
確かに 伊集院は本好きではないし、そういうキャラで衒学趣味だったらそもそも生徒役には
選ばれんだろうねw 生徒役とはいえ「ふむふむわかりました」って言ってるだけじゃTV番組にならんから
伊集院はちゃんと求められる役割を理解して演じてると思うよ
武内アナ時代が一番しっくりいってるように見えた 今のNHKでは人も去って行き易いのだろう
アドラーの時に武内アナが担当だったけれど
人生を再選択せよっていいメッセージだよな 落選させた作品が他社で出版されベストセラーとか
落とした奴って怒られるのかね?
進撃の巨人の集英社の人とか、 炎上しても謝らくて悪化させる人って
茂木やないかw 脳科学に結び付けた茂木のコメントが赤毛のアンを読む上で役に立つわけでもないな。
並のコメントにそれっぽいこと付け加えてるだけで外してる。 >>512
eが付いてる方が、文化背景が豊かっつうか、アン的には付いてた方が良いんだろうな 夢破れた自分にとっては、「私の夢のあり方が変わったのよ」って、一見いい言葉に聞こえるが、
番組でも指摘があったように、単に、夢破れた、諦めたというように思える。
また、個性を受け容れるというのもあったが、日本では個性は潰されるだろう。認められないだろう。
個性を受け容れると、言葉自体が浮き世離れしているように見えた。 夢破れても人生は続くんだから夢のあり方が変わったで良いじゃない 「神は天にいまし、世はすべてよし」なのか
「神は天にいまし、世はすべてこともなし」なのか 今見返したら放送はこうだった
「神は天にあり、世はすべてよし」とアンはそっとささやいた。 >>518
訳者によって色々なんだろうけど、一番有名なのは上田敏の
「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」
だろうね。 ちょっと整理ね
新潮文庫の村岡花子訳 赤毛のアンの最後のセリフ「神は天に在り、世はすべてよし」には
(訳注 イギリスの詩人ブラウニング(1812−1889)の言葉)と解説が添えられている
で、その元作品の訳で一番有名なのは上田敏の…という話 夢を叶えようと思えば無理すれば叶えられなかったわけじゃないんだから、
破れた、ってのとは微妙に違うな。 赤毛のアン読み終えたぜー
不覚にも全部で8回くらい泣いてしまった笑
個人的に女性作家と女性主人公の話は苦手なんだけど
これはほんと最後まで気持ちよく読めた最高や いえいえ最初の1冊目のやつだけなんで
でもアンの心身両面の成長がほんと誇らしかったし
終盤マシューがぽっくり逝っちゃって、残されたマリラと
グリーンゲイブルスに初めてやって来た日のことを話す場面とか激ヤバすぎた
マシューは無論だけど、マリラとも心がばっちり通じ合うんだよね >>523
わしも読みたいのぉ 若い頃は同じ理由で
毛嫌いして避けてたわ 興味の無いテーマが続いてる。
今年度に入ってからずっと帯録画してたのをひたすら
消すばかりだったのに気がついて、予約そのものを消したw 島津有理子の目からウロコが落ちた、神谷美恵子の生きがいを再見 >>531
先達の生き甲斐に触れて発奮する それも
また人生ですな までも島津さんみたく今の
キャリアと違った路を歩む人を見ると何か
モニョルんだよな 今でもできる事はあるんじゃあ
無いのと? ジョブチェンジする必要あるのと?(爺) 上白石萌音の朗読が尋常ではない上手さでヤバすぎた。
あの感情表現力は何なんですか?
しかもキャラによって声も変えてるし。 まあね 仮に声だけならちょっと難しいかもだが、マシューなんかもちゃんとやっているよね
若いけどもう極めてる感がある 三木清“人生論ノート”
またやるのか。再放送かな? 島津、早くもNHK復帰!
つうか、地味な回の再放送だな 伊集院の肥満も病気レベル何だろうな 名著でアレほど自己分析できていても、
やはり克服できない いっそ開き直ればと思うんだが、それは身勝手な他人事なんだろな
一般論としては肥満していて良い事はない 太っていることに対する精神的なコンプレックスは解消できても、
肉体的な不健康はどうにもならんからね。
むしろコンプレックス解消したほうが悪化するかもしれん。 長い間太ってて健康は問題ないならその人の体的には太ってる状態が正常なのかもね 人間は老化するからな。
40代は問題なくても、50代は問題だったりする。 伊集院はラジオでよく遠征してダイエットに失敗する話をしているけれども
ただ
身長や体重の高低には
遺伝的な要素が大きく影響するし
肥満てのも単純な話ではないよな
生物としてのヒトの研究というのも難儀な代物なんだと思う 観た感じでは肥満という程でも無いが、知りうる限りでは内臓壊していてできればやせたい感じ
なんだろね デブキャラデブタレで体壊しているのをネタにしている人もいるが、そうなる素質
十分なんだろう>伊集院 知りうるって何だろう?
ずいぶんユニークだね
赤毛のアンの回やっと見終えた
朗読はともかく読もうかな
ふつうに 眞子さまなんかもちょいぽちゃ状態を中学生の頃からずっとキープしてるのは体質なんだろう なーんで今さらこれを再放送なんだろう? って思ったがなんとなく分かった。 人生論ノートは先生のキャラが良い シリーズ展開とか再放送は結構指南役で選んでいるような希ガス 10月の「赤毛のアン」も以前放送されていたような気がするから再放送かな? 1632年〜1677年 オランダ って言ったら今上野で話題のフェルメールとドン被りなんだな。
解説の人の著書「スピノザの方法」(みすず書房)の表紙がフェルメールの「小路」なのもその辺のつながりなのだろう。 読んだことはないが、科学革命期らしい著作物なのかな。
原論的だったり、無限の考察なんかはいかにも微分が生まれる前って感じ。 改めてロジックと知性を武器にしなくちゃいけない
そんなメッセージがこもっているかも
難しいもんは難しいと言う先生
ユニークな感じで
今月の名著はなかなか楽しめそうだ 「正義は相対的であり同じ事柄でも立場によって変わる」
なんて現代では常識過ぎる。 当時においては画期的どころの騒ぎじゃなかったわけだよ 正義は神が決めて下さる
それが常識だった時代に、正義が相対的なものだと言えば、なら神も相対的なのかとなるだろうな 時代がそうだったとはいえ
発禁喰らいまくりで面白いくらいだ
知識や情報が限られていた時代か…… 確かにそういう時代にそういう考えに行きついたのは特異なことなんだろうが、
現代人が学ばなきゃならんような事かね? 汎神論という概念は知っておくべきだと思うよ
日本人は多神教的なものをイメージしがちだけど、それとは違うわけだから なかなか面白い
文章はたしかに数学的緻密さで書かれていて
一見とっつきにくいけど
内容は驚くほど実用的
感情のメカニズムや構成を理解すれば
その悪影響を少し減らせる
何かをちょっとずつ良くしていこうって思考
かなり大事なことっぽい 2回見てて、まだOSが違うというほどの衝撃を受けないな。 まだ第1回しか視聴してないけど、相変わらず、番組関係者は、著書の内容が難解であることと悪訳のせいで解り難くなっていることとをきちんと区別できていないようだ。
「我々の活動能力を増大しあるいは減少し、促進しあるいは阻害するものを善あるいは悪と呼んでいる。」
ラテン語ではこういう言い方をするのかも知れないけど、普通、日本語では
「我々の活動能力を増大し促進するものを善と呼び、減少し阻害するものを悪と呼んでいる。」
てな風になるだろう。
上記のような【あるいは】の使い方は普通しない。
【あるいは】を【又は】【若しくは】に置き換えてみれば、不自然さがもっとはっきりするだろう。
他にも「実有(ジツユウ)」だの「思惟(シイ)の様態」だの「何じゃ、そりゃ」だ。
半世紀以上も前の訳文を崇め奉るのはいい加減止めればいいのに。
“やる気をそごうとしてる”のは、スピノザではなく、翻訳者とこの翻訳をよしとする者たちだ。 なぜ「増大し促進するものが善」「減少し阻害するものが悪」と決めつけるッ!? いったん宗教や神を置いといて、そういう風に定義してみようって話だと思うが でも、エゴを助長するわな。
資本主義を生み出す原動力にもなるかもしれないけど、
当時の重商主義者や○○ファーストのトランプ、ヒトラーが喜ぶんじゃないかな。
スピノザは合成の誤謬もある事を書いてくれてないのかね。 物理的世界観って感じ
同時代のデカルトやパスカルと通底するものがある 先月の三木清の人生論ノートでは「価値多元主義の危うさ」「土台とする価値観を置いた価値体系」を語っていたが、
スピノザ回への予習のつもりだったのかな? >>575
そういう指摘をしたなら、解決法は全面改訳しかないと思うけど
それをNHKか解説者に求めるの?
無い物ねだりじゃね? >>581
別に引用する部分だけまともな日本語にすればいいだけだろ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています