大河ドラマ「風林火山」Part163©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
大河ドラマ「風林火山」Part163
風林火山「孫子の旗」
風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」(疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、
侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し)の通称である。
不 侵 其 其
動 掠 徐 疾
如 如 如 如
山 火 林 風
http://i.imgur.com/nB8yRaa.png
戦国武将、武田信玄の軍師を務めたとされる山本勘助の一生を描いた作品。
大河ドラマとしては初めて井上靖の作品を原作に採用。
「風林火山」(ふうりんかざん)は、2007年1月7日から12月16日まで放送された46作目のNHK大河ドラマ。
原作:井上靖、脚本:大森寿美男、音楽:千住明、語り:加賀美幸子、主演・内野聖陽。 全50話。
◆関連WEB
風林火山 アーカイブス http://www.nhk.or.jp/archives/meisakuza/detail/?vol=5
風林火山 アンコール http://www4.nhk.or.jp/P266/
◆キャスト・各回演出等はこちらで
『風林火山』 本スレ用テンプレート<大河板@避難所/したらば>
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/3607/1177387261/l6
前スレ
大河ドラマ「風林火山」Part162
http://nhk2.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1499577685/
過去スレ
大河ドラマ「風林火山」Part161
http://nhk2.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1496569344/
風林火山「孫子の旗」について
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の句は、『孫子』・軍争篇第七で、
軍隊の進退について書いた部分にある文章を、部分的に引用したものである。
すなわち、
「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆。」
(故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、
知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し)
からの引用である。
これは「(?そこで、戦争というものは敵をだますことであり、有利になるように動き、
分散・集合して変化していくものである。)だから、(軍隊が)移動するときは風のように速く、
陣容は林のように静かに敵方の近くでも見破られにくく、攻撃するのは火のように勢いに乗じて、
どのような動きに出るか判らない雰囲気は陰のように、敵方の奇策、陽動戦術に惑わされず
陣形を崩さないのは山のように、攻撃の発端は敵の無策、想定外を突いて雷のように敵方を
混乱させながら実行されるべきであると言う意味である。難知如陰は其徐如林と、動如雷霆は
侵掠如火と、意味的に重複する部分が多いので旗印からは割愛されている。
※次スレは>>950が宣言して立てる。無理な場合は必ず依頼。
※個人サイト・ブログへのリンク/個人サイト・ブログからのコピペは厳禁。 >>357
今年のマツケン信玄がわりとそんな感じかもw
あと今年の家康は間違いなく去年の前日譚 >>348
八重は復興大河だであり、怨恨憎悪を捨てて社会の為に生きて行った人の話だから
後半はああなって当然。そのために、八重を主人公にしてんだよ?
そういうの、派手な戦闘だけ見てキャーキャー言う阿呆なオッサンには分からないんだろうなww >>369
合戦シーンはそんなに要らない派だな。
合戦に至るまでの経緯、軍略、軍議、謀略なとが好きかな。
官兵衛はその辺が物足りなかったが風林火山は満足できた。真田丸は論外。 確かに軍師が主人公という点では風林火山のがハイクォリティだな
まあ風林火山が素晴らしすぎるともいえるが しかし今川の軍師と武田の軍師が互いに親類縁者というのは、考えてみると凄いことだな。
もっとも雪斎と勘助が縁戚だからこそ、三国同盟締結の交渉が上手くいったとも言えるかw そもそも軍師官兵衛は言うほど軍師らしいことしてない そもそも山本勘助の軍師像って曰く付きの甲陽軍鑑に記載があるのみ
つまり、軍師としての勘助は創作人物なんでしょ >>374
ドラマ内では竹中秀吉が流石カンベーじゃを連発してたねw 軍師 山本勘助は伝令役の軍使がいつの間にか軍師になったと言う伝言ゲームの人
勘助の考えた策略とか恥ずかしいから劇中だけにしときなさい >>374
でかい声出すだけで相手が納得して「さすが官兵衛じゃ」「これが官兵衛の策か」だからな
汚い手を使ってこその軍師だろうに。
まあ最近の大河では出来は良い方だと思うが。 勘助は晴信の影としての存在だからの
別に他の人から褒められんでも幸せなんじゃろ
今は四郎様馬鹿で爺になってしもうたがそっとしといたれや 夢の中で姫に「私と勘助の子です」って言わせるってフロイトの言う充足願望丸出しじゃね
やっぱ勘助は姫のこと好きだったんだ…… >>381
伝令役とかそんな単純な存在でも無いよ
市川藤若への使者は、晴信のミスを晴信に代わって謝罪する立場
しかもその時は第三次川中島の真っ只中であるわけで、並の立場の者では務まらないモノ 夢落ちしてた時の勘助は若い
姫と対峙してる時の心の中ではそうなんだろうなと思わせる若々しさだったな 武田信玄のときの勘助は史実と講談を足して2で割ったような立ち位置でよかったな >>389
お前に気に入られないといけないルールでもあるん? >>390
お前に気に入られないといけないルールもないだろ >>391
いやいきなりつっかかられたから当たり前のこと言っただけだw 最後にレスした方が勝ちね。逃げたら負け。黒星。プライドが掛かってるからねそのつもりで頑張ってくれ 本日の合戦
ID:szmYN9db 対 ID:eQHJ7JLX
判定基準
先に離脱した方が敗者 勘助が四郎を武田家当主にしてみせるとか言ってたけどそれってもはや謀反じゃないの? 太郎の家督相続がどのくらいの確定事項だったかによるな。
売り言葉に買い言葉的に言った「わしの胸三寸じゃあ!」が本気の発言だったとは思えないけど、嫡男・長男が後の時代ほど重要視されてないのもまた事実だし。
でも、さすがに諏訪家の子を担いで世継ぎにするぞなんて、少なくとも大きな声で言えることではないわな ただ当時でも、正室から生まれた長男なら、その人物・健康状態に余程のことがない限り、
自動的に嫡子と見なされるとは思うよ。
そうしないと家臣団のなかに不協和音が生じるし、正室の実家との関係という点でも面倒な
ことが起こる可能性あり。
もっとも後の義信事件の頃だと、三条夫人の実家は断絶して存在しないけど・・・。 そういえば、武田義信が凡庸だの暗愚だのといった話はあんまり聞かないな。ただ、父親と反りが合わなかったというだけで。
謀反に至ったのも外交政策の見解の違いからだし。(ただし、当主=信玄の意見に従うべきだったし、結果論で今川切った信玄が正しかったのは異論ないが) >>399
嫡子は正室が産んだ子供のことだよ
そこには健康状態とか一切関係ない
そして跡目は嫡子→庶子の順だから確定事項もなにも
太郎は自動的に嫡男になるんだよ
(長男が重要視されないのは庶子の場合のみ)
信長の嫡男信忠も正室の養子になったから嫡男になれた >>400
三国同盟ぶっ壊して滅亡してるのに正しいという結論になるのが理解できん >>403
武田氏滅亡にあたり、当時北条と手切れしていたのは確かに原因のひとつだが、
今川・北条との三国同盟崩壊のときは、信玄西上前に氏康死去と前後して国交回復していたはず。(北条との再度の断交は勝頼期) >>403
三国同盟崩壊=武田家滅亡にはまったくならん >>401
嫡子=正妻の子という意味も確かにないわけではないが、それは現代の民法などでの
嫡出子(正式な婚姻関係にある正妻から生まれた子)の概念に引きずられた発想だな。
前近代の話をする文脈で「嫡子」といったら、普通は家督相続が予定されている子の
意味だし、一般的な国語辞書で「嫡子」を見ても、この意味が真っ先に載っているのが普通。
そして嫡子以外の子は、正室所生か側室所生かを問わず庶子だ。 >>404
三国同盟を壊したことが武田の滅亡に直接つながるかどうかはアレだが、今川を強引に
潰して北条との関係がいったん壊れたことで、暫く武田は身動き取れなくなってしまった
ことは事実かな。
その間に信長が畿内でどんどん勢力を拡大していくのに、北条との関係が修復されるまで
西上作戦が実行できずに、信玄の寿命がタイムリミットに近づくわけで・・・。
今川が最早風前の灯だったのは仕方ないにしても、もう少し北条に上手く根回し
出来なかったのが悔やまれる。 武田家滅亡の原因は信玄の老いなんだろうと想う。
今川領侵攻は北条の反感を買うことを承知で行ってるよね。
慎重を期す信玄がなぜああいった強引ともいえる軍事行動を取ったのか?
天下に対する念いと自身の寿命を天秤にかけた結果とはいえ愚かだよね。
老いゆえの蛮勇だとも想える。
信玄の今川領侵攻という考えがなければ、義信との確執も無く廃嫡の可能性もなくなるし
義信が廃嫡されなければ守り役の飯富が死ぬこともなかったから
信玄が育てた優秀な重臣達に支えられて武田今川連合軍に拠る徳川領への侵攻も考えられた。
親を追放して得た家督だから息子の義信に家督を譲って
天下への想いを託すってことが出来なかったんだろうね、信玄は。 甲斐は山国で塩もとれなかったからどうしても海、港が欲しかった
今川、北条は兄弟なので越後の上杉を攻めるしかなかった
しかし川中島の戦いで大損害を受け、次男の信繁と山本勘助も死んでしまう
今川義元が桶狭間で死んで今川氏真の代になって弱体化したため、そっちに侵略しようと方向転換
今川氏真の妹を嫁にもらっている武田義信がそれは不正義だと武田信玄を非難して大ゲンカに
武田信玄、嫡男の義信を殺してまで今川に侵略する
しかし徳川がどさくさまぎれに遠江まで自分のものにして、北条の妨害もあって武田は駿河をものに出来ず
「おんな城主 直虎」でも今このへんまでやっている 弱体化した国を攻めるなんてのは戦国のならいであり、武田は塩止めされたりしてるから駿河を攻めるのは致し方ない事
武田滅亡の原因は、信玄が一番中途半端なところで死んでしまった事だよ
駿河平定した時点で大国をそのまま維持するか、東海道から濃尾まで攻めとるかが武田存続の道であったが、三河進行した時点で死亡だからな >>406
前近代のそれは嫡男だろw
嫡子、嫡男、嫡出の区別をつけてレスした方がいい
何にしても義信は嫡出の嫡子で嫡男、勝頼が非摘出の庶子で
四男でしかないのは変わらない
これは当時からそうだったのは史料でも明白なことだよ >>409
武田も上杉も
後継者への委譲ちゃんと考えてたのか
疑問に思うぐらいにゴタゴタ
火種になりそうな弟たちを養子に出し
きっちり長男信忠に育成期間置いて
家督譲った信長がまともに見えるというw 上杉謙信なんて
姉の息子を養子にもらい、北条氏康の弟を養子にもらい
どちらが後継者かはっきり決めないまま便所で急死しちゃったもんだから >>413
信長、信玄、謙信みんな自身の家督相続でもごたついてたんだよな
きっちり対策してた信長も息子も一緒に難に遭うまさかの事態
継承イベントのクリアって難しいんだなあ >>407
北条へ根回しと言っても愛娘の早川殿が嫁いでるから難しいな。
早川殿が駿河から徒歩で逃げる羽目になって完全にブチ切れたわけだし。 >>412
前近代において嫡子と嫡男は同義。
偉そうに言っても史料なんてどうせ読めないんだから、まずは辞書を引くことから始めよう。
なお晴信の子供の場合、本来義信が嫡子で勝頼は庶子だったのは当たり前。
但し三条夫人から生まれた次男龍宝も庶子だけどね。 >>414
謙信に関しては、関東管領の地位を景虎に、越後守護の地位を景勝に、それぞれ分与する
構想だったという説もあり。
もっともそれを主張している研究者の一人は、当方の知り合いなんでアレだが。 >>409
老いと言うよりも
あれだけ紛争の種を放置して
フラグを立てたまま死ねばそうなるでしょ
くだらない上杉攻めにただただ時を浪費した愚将、信玄
後継者の育成を見事に失敗した信玄
名門武田家を滅亡に追いやったA級戦犯以外の何者でも無い そういえばその胡散臭い知り合いの研究者が、“長い目で見れば今川の滅亡が武田の滅亡の遠因、武田の滅亡が北条の滅亡の遠因”って言っていたw
この三国は所詮一蓮托生で三国同盟が強固なときが一番強かったとか。
まあ肯定も否定もするつもりはないが。 >>419
まあでも武田の勢力が最大版図になったのは勝頼の時代なんだし、滅亡へのコースが、
信玄が死んだ段階で完全に決まっていたとまでは言えないのでは? >>419
川中島の戦いは謙信が攻めて信玄が守りの戦いだから 勝頼はもう少し長く生きてれば信長が本能寺で討たれ復活のチャンスもあったのに >>424
本能寺の変は武田の滅亡後の信長の油断・慢心から起こっている面があるし、
勝頼が生きている状況で本能寺の変のようなことが起こることは想定できるかな? 義信を廃嫡した際に、代わりに立てられる子が勝頼しかいなかったのが、痛かったな。
油川夫人の子供たちは、あの段階では幼すぎるし・・・。
もし仮に次男の龍芳が代わりになれる状況なら、また違ったかも知れないが。 まあ忠誠心は結局信玄一代限りの物だったんだろ。
織田にしろ豊臣にしろ二代目は家臣がすぐに見限ってる。 結局家康が死んだ後も十五代続いた徳川が最強なのは間違いない。
カリスマ的大名が戦国時代に死んだら大抵は滅びてる。
信長→家臣が信孝、信雄よりも秀吉になびく
秀吉→家臣が秀頼よりも家康になびく
信玄→勝頼が纏めきれず滅亡
謙信→跡目争いで力が半減
元就→関ヶ原で三つに割れ大減封
道三→家臣に見限られ滅亡
義元→家臣の離反が相次ぎ大名としては滅亡
早雲→五代続く >>420
そういう文脈からして三国の誼を自ら踏みにじった信玄の今川領侵攻は罪深いな。
結局あれが三国の敗着ってことになるね。
勘助が生きてたら
勘助「今、今川を潰すことは武田家にとって決して益ある事ではございません」(22話参照)と進言するんじゃないかなw
つまり、今川を徳川の盾として武田は東美濃から攻める方が良いよね。 >>427
信勝が成長するまで代理なんかじゃなくて正式な当主にして名も「信頼」や「頼信」に改名いれば少しはましだったような気もしないでもない >>430
徳川幕府は、家康→秀忠、秀忠→家光の政権移譲をいずれもかなり時間をかけて慎重に
やったからね。
ただこれは戦国乱世が一段落した後だったってことと、家康が当時としては長寿だったことも
他大名に比べて有利だったとは言える >>433
信長が家康に対してやったように、当初は対等同盟だったものを徐々に従属同盟に変えて
いくことで、今川領を事実上の武田の保護国のようにするとか? 一番後継者とか考えてなさそうな上杉が生き残ったのも面白いよな
っていうか、御館の乱で北条武田に攻め込まれても勝ち残っちゃう景勝が
優秀なんだろうけど
その後は武田を防波堤に使ったり、本多正信を対徳川の窓口にしちゃったりって
実はサバイバル能力猛烈に高いわ >>436
そう。傀儡化。
侵攻時とはいえ今川の宿将20名が寝返ってるし
信玄の代には無理としても義信なら後ろ盾が飯富だし譜代重臣も結束するだろうから十分可能だと想う。 >>427
竜宝が跡目になったとて信長が史実通りになるなら結果は変わらないよ
それこさ信長と組んで信玄追放ぐらいやらんとね
(それやったらクーデター起きるだろうから結局弱体化しかないだろうけど) >>437
逆に武田は、上杉の御館の乱が原因で北条との同盟が再び壊れ、東西に敵を抱えることになったのだから、皮肉だよな。
ただ本能寺の変が起きるタイミングがもう少し遅かったとしたら、上杉はかなり危なかったと思うよ。 >>438
まあ三国同盟が生きている限りは、今川も当面は駿河・遠江2ヵ国は維持できただろうね。
同盟がある前提では、家康もいくら相手が氏真でも遠江に侵攻するのは無理だろうし。
あと史実では信長の上洛は、ちょうど武田の目が駿河に向いているタイミングだから、
武田が駿河侵攻を指向しなかった場合、信長の畿内方面への拡大が史実のようなペースで
進んだかは分からない。 >>440
うん、本能寺の変がもう少し遅かったら上杉も厳しかったね
ただ、上野を武田に譲ったのは結果的にかなり有効だったと思うわ
あれで北条との間に緩衝地帯を置けたし
勝頼に関しては、だましだまし国をまとめてきたのが甲州征伐で一気に破綻したのは本当に可哀想だと思う 俺は勝頼に関しては同情しないな。
結局は"諏訪のひと"だったんだよね。
東美濃、高天神城の攻略で勝ちを収めた事で慢心し信玄が遺してくれた優秀な家臣団を
その進言もきかずに長篠で数多敗死させるという決定的な過ちを犯した。
義信なら今川領侵攻は無いし東美濃攻略に注力出来るし何より譜代家臣の進言を聞かないってことは
考えにくい。
まあ所詮たらればだけども。 >>431
国盗り物語のように斎藤義龍が土岐頼芸の子であるとするなら
道三は一代で滅んだとみることもできるのでは >>443
勝頼にとっての長篠の戦いは、信玄時代からの、勝頼と折り合いの悪い家臣たちの
在庫一掃処分だったって話もあるな。
もっともそんなことになるのも、結局のところ勝頼が、本来は諏訪を嗣ぐはずの
「諏訪四郎勝頼」だったことが原因だけどさ。 >>437
上杉はしぶとかった
山形の最上領まで攻め込むほど
ただ、直江が強気すぎて家康にケンカ売る手紙を送り付けてしまったのが運のつきで まあ上杉は豊臣政権で過分な石高を貰って復活するからな。
ただ豊臣政権による上杉の引き上げは、明らかに徳川に対する牽制という面があったし、
関ヶ原の際にああなるのは、ある意味仕方ないよ・・・。 >>445
主だった重臣で諏訪の出自に文句付けて勝頼を裏切った者はいない しかしあれだな。
やはり桶狭間の悲劇が悔やまれる。
戦いの勝敗そのものは時の運にしても、義元本人さえ何とか生きて戦場を脱出していれば・・・。
まあその点、第4次川中島のときの武田は、信繁・諸角・勘助などの犠牲を出しても、
信玄自身の討ち死にだけは避けられたのが幸運だったなw そういや、このドラマも中井貴一のやつも、桶狭間は武田が仕組んだ謀略ってことになっているんだよな。
特にこのドラマの場合、武田側が義元を罠に嵌めるのを正当化するために、わざわざ寅棒丸を再登場させたりまでしている。
当時の武田にとって今川はそこまで目の上のタンコブ的存在だったのかね? 「武田信玄」では勘助が桶狭間まで出張っての謀略だが「風林火山」では
勘助が義元を煽っただけのような。 将棋の感想戦のごとく戦国勝敗の世界に自説の妄想を広げるの好きだな
他人の生活のぞいてあれこれ言って楽しんでるわけだが
底の浅いつぶやきだな >>452
煽ったのではない
今川家のために正しい道を諭したのだ >>385
ノベライズだと、由布姫の懐妊を聞いて勘助が
ミツと生まれてこなかった我が子を重ねて泣くシーンがある
構成上いつまでもミツを引っ張るわけにはいかないから仕方ないけど
あの夢で「勘助の子が生まれた」と言った相手がミツだったら
と思う時はあるかな
もっともそれだと目覚めた後のコントを挟みづらくなるけど なんで上杉景勝は、本能寺の変まで踏ん張れたのかなと春日山城へ行ったら解決した。
あんな城、調略でもしないと無理。 勘助は登場時から戦の面では正論を言ってる
それは聞くものの心次第で後の結果がある
勘助は風林火山の登場人物をあぶりだす影として存在してるだけだと思う
義元は見栄っ張りで上から目線でしか人の言ってることを理解しないから裏目に出ただけだよ
痛快ではあった >>459
常に人を利用すること騙すこととして生きてる人らしい言葉だったな
自らまいた種だ >>455
その方が良かったな...
映像で見たかった。
ミツは勘助にとって重要な人(だし人気もあった)だから、今後も何度も出番がありますと、当時公式で言ってたんだよね。
それが、おそらく貫地谷の朝ドラ主演決定で、それどころじゃなくなってしまったんだろうな。
返す返すも残念だ。
最終回のラストで少し救われたけど、脚本家も不本意な扱いになってしまったのではないかな。 >>455
産まれて来なかった我が子と四郎ちゃんを重ねているのかな?と思ったけど、やっぱりそうだったか。 >>443
勝頼は信玄から正式に跡継ぎ扱いされてないし
信玄の負の遺産を一身に背負って頑張りすぎたイメージ
やはり義信を補佐する役目でいたほうが幸せだった >>444
というより大名としての道三流は滅んだとするのが正解だろうな
道三の息子である利尭と利治の二人が道三死後も生きていて
信長や信忠の側近になっている
利治の系統は関ケ原後池田家(岡山と鳥取の両池田)や阿波蜂須賀家などに
仕えて(家老クラス)池田の方は斎藤姓のままで幕末を向かえているから
ある意味勝ち組かもしれん
因みに大石内蔵助の母ちゃんも道三の血が入っていて内蔵助の伯母は
利治の直系家系だよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています