昔テレビで、「天海=明智光秀」が本当か、の検証をして、残された直筆の文章の筆跡鑑定から「別人」であると断定されてたね
同時に、影響が見られるので知り合いだった可能性はある、とも
天海のプロフィールに詳しくないのもあって、おれとしては、そこまで展開と明智光秀周辺と結び付ける理由は、ちょっとわからないけど

明智憲三郎氏の文章によると、この人のおじいさんも明智光秀がらみの伝承を取材して周った結果を「光秀行状記」という本にまとめてて
「光秀が生き延びて天海になった」という説があることは、この本から広まったのだとか
ってことはそれ以前からそういう伝説自体はあったってことだよね

秀吉にとっては光秀を討ち取ったことが、信長の後継に認められた一番の功績で光秀が生きてたなんて絶対に許せないはずで、
家康にしたってそんな光秀をかばってたなんてバレたら命にかかわるんだから、どっちにしたってあり得ないと思ってるけど
何故そんな説が広まったんだろう
光秀も、義経みたいに「判官びいき」的な人気があったんだろうか