【これは】翔ぶが如く 23噴火目【君命である!!!】
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司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を主な原作とし、西郷隆盛と大久保利通を主人公に
薩摩藩を中心として激動の幕末から明治初期を描いたNHK大河ドラマ。
大河ドラマ初の二部構成(第一部29話、第二部19話、全48話)、1990年1月7日から12月9日まで放送。
原作:司馬遼太郎(「翔ぶが如く」「最後の将軍」「きつね馬」「竜馬がゆく」「酔って候」「花神」「歳月」より)
脚本:小山内美江子
音楽:一柳慧
語り:草野大悟(第一部)田中裕子(第二部)中村克洋アナウンサー(アバンタイトル)
主演
西郷吉之助→西郷隆盛:西田敏行
大久保正助→大久保一蔵→大久保利通:鹿賀丈史
前スレ
【そいは】翔ぶが如く 21噴火目【暴論ごわす!!】
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1521724911/
【ないが】翔ぶが如く 22噴火目【暴論か!!!】
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1525899002/ ところで隆盛の妹琴の息子って西南戦争後に処刑されたの? https://saigo-ito.jimdo.com/%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B%E3%81%AE%E5%A6%B9%E3%81%9F%E3%81%A1/%E5%B8%82%E6%9D%A5%E7%90%B4/
>慶応4年(明治元年)5月(1868年7月)、戊辰の役(戊辰戦争)で「市来嘉納次」が越後にて戦死(21歳)。
>明治6年(1873)、琴の夫・市来正之丞(六左衛門)が亡くなる。
>明治10年(1877)の西南の役(西南戦争)で、市来宗五郎が3月12日に熊本で戦死(17歳)、
>市来宗介は西郷自決の9月24日、城山で捕縛され斬首となった(28歳)。
>明治10年(1877)、勘六(政直)が米国海軍兵学校留学中に病死か(20歳)。
琴さぁもなかなか過酷な未来が待ってるのね
のりPは途中で出なくなるから実感わかないけど
西郷どんでは桜庭ななみがしょっちゅう実家に顔を出すから結構キツイな >>618
身内で一人だけ斬首とかどうも違和感あるけど状況がいまいち解らんな 大山さあみたいに新政府に議を言うて果てたのやろうか 翔ぶが如くの小説で描かれてたことが史実かどうかわからんけど
それを信用するなら、
戊辰戦争で敗者となり薩摩人に恨みを持ってる人らが官軍に参加してたんで
西南戦争終結後に西郷軍の仮設病院に乱入して傷病者を虐殺したり
遺体を損壊したりとかメチャクチャやったとかなんとか…
その流れで落ち武者狩りで捕まえて裁判にもかけずに即斬首とかそんなんじゃね どうだろう 薩軍の本拠地でそんな狼藉ができたろうか 陸軍にも知古の者が大勢居ただろうし オイは納得いかんな〜 損壊どころか史実ではカニバリズム、官軍西郷軍ともにその記録が複数残っていて、官軍側の兵士から人肉嗜食厳禁の建議もなされてる
食らうのは尻、腿、肝等。
それに先立って会津戦争でも、薩長が敵の肝をぐつぐつ鍋で煮る行為が見られたとの記録も残っている。
因みに当時、難病には人肝が特効薬と広く信じられていたとのこと。
野津道貫の例の有名なエピソードもあるしな 西南戦争の明治10年、翌11年で西郷、大久保らが死んでいくが、
同時期に人知れず死んでいったドラマの登場人物もたくさんいたんだろうね。
久光の卒兵上京前後からドラマに登場して、吉之助のことを久光に讒言したゴマすり中山尚之助のその後もなかなか興味深い
ドラマでは出世する大久保と対照的に薩摩に戻されてそのままフェイドアウトしてしまったが。
まぁ讒言ちゅうても嘘を言ってるわけではなかったんだけどねw 10年後やね
1887年12月6日
ちなみに西郷どんは
1877年9月24日 10年後かぁー どんな気持ちで明治政府をみてたんだろう >>625
明治9年に大久保・木戸暗殺を企てたとして警視庁に逮捕されて翌年獄中死 >>628
公爵に叙せられて普通に万々歳だったのでは? >>625
>>629
中山は久光の側近で有り続けたらしいから
もしかして久光も大久保暗殺計画のことを知ってたのかもね
あと、投獄された時期が時期だけに、
もしかしたら西郷軍と久光派が関わり合いを持つことを恐れた
東京政府側の先制攻撃なのかもなんて思ったりもして。 何度も対立した久光は吉之助さあに対して維新後はどういう感じだったのだろうか?
大久保に対してはドラマで薩軍決起の報を聞いての久光と大山格との会話で
久光は大久保一蔵は...と罵っていたが 西郷を安禄山だと非難していたそうな
西郷は封建社会で育ったものとして、やはり辛そうに堪えていたとか 吉之助も偉くなったものじゃ…。
茶坊主が…、偉そうに! その上黒田に「今は時代が違いもんそ」と切り返されてしまい涙する久光
新政府樹立後は大久保も軽く久光をDisっていたし、ちょっと久光が気の毒に
せめてもの救いは大久保が久光をDisった際に西郷が窘めていたことかw 川路ってわざと大久保を殺させた気がする。
西南戦争が終わっていろいろ真実が明らかになって川路がやりすぎ
だったってことが分かって大久保からいろいろ叱責されたのだろう。
このままだと左遷されると思って大久保暗殺情報が入っても
わざと何もしなかったのだろう。 大久保さんの遺体から川路へと視線を移す信吾どん。「おはんは何をしちょっとな」
と目が語っているw >>640
西南の役が終わり数ヵ月後に大久保邸での飲み会で
吉井どんに吉之助さあへの思いをぶつけられてシュンとしている
川路に酒をついで気配りをみせたのは信吾だったな
吉井と伊知地は鹿児島の復興に尽力して吉之助の意思を継いでくれたが
薩摩は政治方面にはあまり残らなかったのかな? >>641
あれ吉井だったんだ初めて知ったw
そんな川路も大久保暗殺の翌年他界する皮肉 >>642
いやーやっぱり鈴木亮平は人種が違い過ぎてなぁ 鳥羽伏見の最中に味方の勝利を見切り発車で公家に伝えた場面
あれは史実なんかな? >>646
その件は割りと最近「英雄たちの選択」で見た気がする 土曜にTBSチャンネルでやってた高橋英樹が西郷演じるドラマ見たわ
77年に放送されたやつみたいだけど結構面白かった
愛加那を演じる若き日の浅茅陽子が可愛かった あれは今年正月明けに放送して以来、もう今年4回目か5回目だな
海音寺センセの3分間の出演が見所ww
さっきやってた、澁澤榮一の雲を翔びこせとセットでね
チャーとか小室等とか斬新なキャスティングであった これDVD借りる意味ある?28年前はナイター始まって脱落した。田原坂とどっちが良かった?青函論は田原坂と同じ解釈? >>647
へー!てことは史実なんだ
ありがとう動画探してみる
丼では御所の様子や西郷の、みんな死せの名言がなかった
かわりに慶喜とふきのよくわからんシーン
また口直しに翔ぶ見たわ >>653
史実というより磯田説かも知れないがw
このスレに幕末維新史の最新の研究動向に詳しい人は誰かいないかなぁ? >>656
晋どん、もうここらでよかが……東の空を仰ぐ >>656
翔ぶで、西郷の首が飛んだ後、新八どんの「ああ天なり」から切腹までは大河史上に残る感動シーン
BGMが手風琴の旋律なのがエグすぎる・・・ つーか、村田はせめて息子を道連れにしないで欲しかった。 田原坂では琴は最後までいとと一緒にいたな
息子(たぶん若い方)も菊次郎や村田岩熊と一緒に西南戦争に同行してた
どんでも琴の息子が登場するようだから、琴も最後まで登場しそうだな >>657
手風琴を奏でて味方が死んでいく様を見ながら刀を腹に当てて >>643
だってその飲みの席でホンマに死なないとダメなんわーとか責められたんだぜ川路さん。 あの手風琴の曲名誰か知りもはんじゃろか?
「オイはかごんまに残って吉之助さあに手風琴をば教えんとならんで……」寂しげな顔 西郷どんでは、川路が半次郎と吉之助の側近みたいになってて、信吾より格上に見えるんだが
しかも席順的に半次郎より上座
これじゃ「ポリスがおっど」とか悪口言えんなw 信吾には軍事的才能があったのかな?
中将になるのが早すぎるような。 >>670
それじゃ、川路の方が上だったんだな。
歳も結構上だし。 柳生さんも広い意味で相手が西郷と大久保とで態度が違う人の一人だったな。
萬田久子ほど露骨じゃないけどw >>672
あの頃から白髪頭なのに今でも随分元気だよな ホッコリする 近衛公や岩倉公などの公家の人たちは品がある
今年のはもう見てられない
あと公家衆とのつながりも丁寧に描いてるから名前聞いて
役者の顔がちゃんと浮かぶ
今年のはよく覚えてない 鶴瓶となだぎくらい 朝廷といや大原重徳は大門軍団の係長さんだったな 声が好き
どういうことかね!大門君〜 >>678
忠煕は文麿の曾祖父でしょ
>>681
潔癖症なら鍋島閑叟もそうだな >>650
翔ぶが&田原坂どちらも名作と思いますよ判断はできない
ただ田原坂の何か弱弱しい久光や爆風で最後の桐野
衣装を届けてバタの熊吉(西南役後も生きた)とか嘘が多いのが難点 【福井】幕末の四賢侯、人柄知って 福井で研究者ら初のシンポ 「山内容堂は酒好きで豪快。でも潔癖性で人が触れたものを触るのは嫌」
http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1537995465/ そういえば「幕末の四賢侯」って後に松平春嶽の周辺が言い出したことらしいね
だから基本的には春嶽と交流があった人物から選ばれており
春嶽と交流がなかった鍋島閑叟なんかは入らないとか 今日の英雄の選択で紹介されてた鳥羽伏見初日の御所の様子を描いた絵画
公家たちが新政府軍の勝利を聞いて御所の岩倉らに挨拶しにきた様子
翔ぶでも小兵衛や大山が近衛らに味方の勝利を早々と伝えてたが
ドラマでは西郷の思いつきみたいな感じだったけど史実はどうだったんかな? 実際敵を呑む勢で敗けるこちゃなかろ、言うときゃよかが、そんほうが話が早かしイケイケドンドン! わりと簡単だったかもよ >>690
薩摩のジゴロと長州のソウセイはどっちが明君? >>691
勝利を早々と伝えたってより小兵衛が味方が押しまくってると報告したら
大山が大勝利と大騒ぎし出して小兵衛がちょっと困ってるって感じじゃなかった?
どっちにしろ一日目夜なら今こっちが勝ってると報告するのは間違ってない あの絵画が発見されたのは最近らしいけど
そういう描写が1990年のドラマであったということは
割と有名な話なのかな
大久保が、公家を黙らせるにはお味方の勝利が何より
とか言ってたから西郷の作戦なのかと思ったけどね なんかすごいこだわるけど勝ってなかったのに嘘を報告したってことにしたいの? 当時の大河は学問的成果とドラマとしてのエンターテイメント性を上手く融合させている
今のはどちらもチグハグだから支離滅裂状態w なんせ司馬先生もまだ元気だったし小山内さんもかえってやり易かっただろう わからんけりゃお伺いたてればいいし そこに時代考証も原口先生が居たり強いよ 今の大河はマンガになればエンタメだと勘違いしてるからな >>696
いやいやそうじゃなくて
戦況を見極める能力の高さや、絶妙なタイミングで
公家に報告するところが策士だなと感心したんです 薩摩が優勢になったら公家たちが手のひら返しして急にすり寄って来たって話は
大久保利通日記にもあるけど戦勝報告はそれぞれの公家屋敷までは行かないだろうから
いち早く情報GETして御所に挨拶に来る行動の速さはある意味で優秀じゃね? 王政復古のクーデター以降の時点でも、じつは薩摩の方が追い詰められていたという
先日の英雄たちの選択は、当時の西郷・大久保のギリギリの立場が分かりやすくてよかったな。
結構前から、番組にも出ていた家永さんの著書では書かれていたことではあるけれど。
せごどんも、翔ぶが如くから30年も経っているんだから、今までの俗説というかドラマ的お約束に逃げずに
ちゃんとその間に進展した研究の成果をちゃんとドラマ内に消化してほしかったな 家永さんじゃないや
それじゃあ別の歴史家になっちゃうw
家近さんやね。「江戸幕府崩壊 孝明天皇と「一会桑」」 は面白かった >>707
番組でも度々言われていたが、数々の行状が新政府の正当性に疑問符を付けていたからな
より事実に近い形だしドラマとしては面白いけど鹿児島と山口からは非難されそう >>706
しかも家永さんは日本史の業界で有名な人が2人いるよな 家近さんは慶喜派だよね
英雄たちの選択慶喜回で家近さんの解説を聞いて
慶喜が好きになった 鳥羽伏見以降の慶喜が官軍に余計な抵抗をせず恭順姿勢を徹底したことは
内乱の不必要な拡大を阻止した点で評価に値するとは思う
ただそれ以前の慶喜に関してはそもそも孝明天皇との個人的な結び付きを過信して
雄藩連合派まで切り捨てるような感じで一会桑で暴走したことが
最終的に慶喜を排除する形での新政権樹立に繋がるような雰囲気もあるからなぁ 歴史ドラマって実在の人物に善悪のレッテル貼って断罪するためのもんじゃないし
慶喜に都合よく行動しなければ悪ってこともないし
薩摩主人公の大河で慶喜びいきの目線で描かなきゃいけないなんて決まりもないからな 銀河で11月にまたやるのか
最終回のおしりが大久保暗殺のとこで切れてたので、録画し直そう(´・ω・`) >>713
>>710が慶喜を持ち上げたからじゃない? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています