【2018年大河ドラマ】 西郷どん part100
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>>861
それ弟が買った家。
それと西郷隆盛がボロ家に住んでたのは本当。
でも、貧乏武士達を自分の住まいで居候させ面倒見てたから大きな家に移り住んだらしいぞ >>849
すごいな鈴木のビジュアル、多分マナコ以外ほぼ完璧 まあ簡単だもの、貧乏ごっこ
俸禄も屋敷もすべて捨てて本当に民と同じ暮らしをするわけじゃない
お前の仕事は自分が貧しいふりをすることじゃなく、民を少しでも豊かにすることだろうに >>863
野田ってそれパフォーマンスでは無く、昔からそんな生活なんだと
総理になっても、今でもドブ板やってるし >>837
考えたら関ヶ原から明治元年まで270年近くなのに明治元年から現代まで150年なんだよな
明治から現代までどれだけ急速に発展したか分かると同時に徳川時代がどれだけ長期に渡って安泰だったかが分かる
鎖国してたから文明発展の進歩の遅さも同時に思う >>870
徳川260年の間に、今の世界に誇れる日本文化と言われる文化が熟成したんだよな
大工道具一つとっても、その種類の多さは驚嘆に値する
1目的1道具みたいな
さらに、色んな作業道具や農機具などは、今のように特許のよな知的独占をせず
新規の道具ができれば、みんなが改良してより良いものになっていった
徳川が禁止したのは、大型船の製造と、鉄砲や武器類の新規開発や改良だろ
長崎の僅かな覗き穴から世界を見てただけなのに、西洋文明については意外に沢山吸収してた
蘭方医学は、出島が出来た時に始まってる
解体新書が発刊されたのが1774年
元々、日本は昔から大陸の文明を貪欲に吸収してきたから、
DNAに海外からの新しい知識を取り込むってのが有るんだろうな
今でも、舶来品って上等に聞こえるじゃんw
江戸時代なら南蛮渡来か
もっと前なら、唐物とかさ
その頃には、既に 西郷さんが国士無双だな
ボロ屋におにぎり生活
大久保は驕奢になってしまった >>873
西郷って東京の土地買いまくってなかったけ >>847
民話の正直じいさんと意地悪じいさんみたいに
やたら対比のきれいな西郷・大久保の逸話ってたくさんあるけど
本当かどうかあやしいのが多くてな >>862
西郷の嫌がらせの根底にあるのは潔癖症だったんだろうな
汚い格好は「お前ら西洋人のモノマネして着飾って偉ぶってるが
数年前までこうだっただろ」っていう当てこすり
自分らが権力を得たら贅沢三昧とか、そういう変節は反吐が出るほど
嫌だっただと思う。武士として美しくない!みたいな
江戸時代はもう読み物や芝居文化なんかが発達していたんだし、
この時代でもそういう風に金や権力に溺れる奴は
「典型的な俗物・悪役」みたいなメタ思考も既にあったと思うし、
政府閣僚が現実にそれを体現してるかと思うとたまらんでしょ >>813
ドラマの岩倉卿も少し言ってたけど
実際には井上は幕末期に畳針で縫い合わせた痕の熱症が後々迄かなりひどくて
明治期の神経的な激務も加えた反動の意味合いかなりあったらしい 西郷さんの様な御方が政府のトップに立てば民も安心できる 大久保利通は暗殺された時には私財を政府に供出してたので財産はほとんどなかったと言われてるいるよね 実際のとこ外貨を稼がなきゃ民は豊かにならん
贅沢が敵だと言うなら米の作れない土地でカイコ買ってる農家は死ねというのかって話になる これ史実だが、大久保が岩倉使節団として欧米に行った時に
現地で写真を取って西郷に手紙と一緒に送った事があるんだが、
それをを見た西郷が「浮かれて写真なんか撮ってんじゃねーよ」
と嫌味をつづった返事を出した事がある
写真嫌いっていう説を裏付けるエピソードでもあり、
やっぱり偏った武士道的潔癖症だったっぽい 大久保瑛太が淡々としすぎだけど、今回そういう人物でいくのか
飛ぶがの時は西郷と同じぐらい熱かったのに 明治6年の政変の時に西郷、板垣、江藤らが勝ってればな
追放されたのは正義の人格者だったから >>872
それは別に徳川時代だけじゃないと思うが?
千年以上前から現在まで日本は発展し続けてる それはそれで三国干渉の前倒しが起こってたんじゃないのか >>884
またお前は調子に乗って知ったかぶりして改変してるな
>西郷が「浮かれて写真なんか撮ってんじゃねーよ」
こんな書いてない >>865
自由民権運動の旗頭的な存在になりましたからね
明治政府は顔をしかめ新聞社に圧力をかけましたがそれでも明治の小説は人気を集め逆に龍馬の知名度に火を付けてしまったとか >>882
絹を外国に売って金を稼ぐ→OK
国内の政治家自身が絹服で着飾る→NG
っていうのはそこまでおかしくないと思う >>872
なるほど、江戸時代の見方が変わりました
道具や医学の他に歌舞伎や芝居も発達したんだろうね
特に元禄くらいから
文明は進歩遅かったように思えて今も世界に誇れる文化が出来て熟成された時代なんだね 西郷どんの加治屋町のボロ家から引っ越した屋敷跡が鹿児島中央駅西口の近くにある
維新の頃はまだ城下町郊外の村だったんだろうけど今なら坪55万円位か
鹿児島市街地の住宅地としてはハイクラスだし公園になってる屋敷跡もそこそこ広いぞ
なんやかんやで手取りは良かったんだよ >>872
軍事関連はしょうがない
欧州は戦争しまくりだから
露土戦争とか何回やってんだよって思うw >>893
現在の価値は関係ないだろ
当時は城に近いとこが一等地だから >>891
そういう話をしてんじゃないんだよなあwww
外貨を稼ぐにはインフラ投資が必要だからまず国内市場を活性化しなきゃだし
商品作物の経済を全否定しても民は豊かにならない >>893
明治2年に賞典禄永世2,000石を下賜
で、家買ってる
1万石で大名だから、いまの感覚だと年金2億/年ぐらいか? >>896
政府高官の給料を削って各種産業への補助金を出すんじゃ駄目なん? >>854
質素倹約して、その分を巨額投資したのが大岡忠相だよ。
関東の新田開発や堤防工事をして雇用の確保、インフラ整備をした。
貨幣の改鋳をしてデフレを緩めてやったりした。
後継の田沼意次は印旛沼を干拓して小さくしたり、公共事業を拡大した。
大岡や田沼がやったことを、天璋院篤姫様から西郷へ書籍や図表で伝えたのだよ。 >>898
何年貧乏公家で我慢してきたと思てんね
ちょっとぐらい贅沢してもええんちゃうんかい by岩倉鶴瓶 だいたい歴史嫌いな脚本家の頭で西洋文化を取り入れるのはぜいたくで悪
清貧な西郷どんスバラシイって話にしてるけど国作りってのはそんな簡単に割り切れないし
そもそもなんで明治4年にこんな会話をさせてんだ
大久保が社会システム丸ごと作んなきゃ国は豊かにならないと気づくのは西洋視察してからだろとも思う 伊藤博文「民権による選挙制度作って、議会を作って、合意とってやればいいんでしょ」
なんか彼には考えがあったんだろうけど、この時点では非力。 >>901
でも>>897によると西郷は2千石の禄をもらっていたらしいし、10人の高官がこれと同額を返上すれば2万石になって、ちょっとした小藩の石高になるみたいだけど? >>902
明治維新と言える大改革は西郷留守政府が行っていて
洋行組は居場所がなくなってしまった >>516
具体例な研究家挙げられない時点で嘘松臭い >>904
ちょっとした小藩には安積疏水は作れなかったな >>857
丹羽宇一郎さんみたいに、もとから「ソレ」なら構わない。
電車乗ったほうが効率いい区間は電車使うでいいよw >>897
200両の借金返済が終わったのが明治4年だぞ しかし、かんがえてみりゃ、元は足軽だったような連中が幸運にも勝者となって、幕府の遺産や既得権益をバクって、
大金持ちになって、華族やらなんやら偉そうになってたけど、なんか敗者の財産ぶんどったみたいで、
あんまカッコよくないわな >>885
翔ぶも明治期の大久保は冷静だったように思う。
西郷と二人でいるとき、両雄対決のときは熱かったけど。 >>904
>>911
借金は400両らしいぞ
https://www.nhk.or.jp/segodon/weekly/05/ten.html
生活は立ち行かず、豪商の板垣家から計400両の借金をすることになります。
1両が約10万円の時代なので相当な金額です。
これをようやく返せたのが、明治5年に参議の位に就いたとき。
この時に借金のすべてを完済!この時点ですでに45歳ですから、西郷どん50年の生涯はほとんど借金まみれだったと言えます。 >>913
岩倉が裏切りやった時に
激怒してたけどあれぐらいか >>912
それは徳川も豊臣も同じだろ
豊臣なんて根子そぎ絶滅させたわけだし >>915
ああアレは面白かったな。稔侍のキャラも良かったしw 新政府では薩摩組を除けば
鹿賀大久保は一番岩倉に素を出してたかもしれんw >>889
意訳だよバカ
ところでお前、全方位で喧嘩してんのな
そういうのって結構病気の可能性もあるから病院行った方がいいぞ >>916
そりゃそうだけど、よく維新の成功者が、やれ大磯や箱根に別荘だ、やれどこぞの高給住宅街に何ヘクタールの豪邸だの、
そんな話をきくと、もとはといえば、アホみたいな話だなぁと >>899
あの人は優秀な経済官僚でもあったから
徳川の保守本流一般に金貨良貨思想と言うか信仰があったのに対して
権現様信仰の吉宗を根気よく説き伏せて、
小判の金含有量を敢えて落とす計画インフレ政策で
消費地・生産地の東西金銀レート調整の物価政策を実行してるからな >>902
横山の諫死も事実だし
その横山から期待を掛けられて上京した西郷どんの
少なくとも握り飯とか
逸話的にそういう事だった事は確かだから >>919
西郷は借金漬けで貧乏だったからよけい腹がたったんだろう 徳川がいなくなったあとの、遺産を、みんなが我先にとぶんどったと。
なんかあさましいというかね >>920
この西郷だと天璋院が協力しようが、松平定信や水野忠邦と同じただの倹約緊縮政策になってしまいそう・・・ >>923
それは違うだろ
金はないくせに贅沢したということ
全国的に金欠状態だったから廃藩置県は意外にすんなり受け入れられた >>912
やっと貧乏から抜け出したみたいなカッコ悪さはあるよね 倒幕派の藩主クラスは徳川抜きの諸侯会議のような統治形態を想像していたのだろうか 文政10年(1828年)西田敏行生まれる
天保9年(1838年)西田敏行生まれる
天保10年(1839年)西田敏行生まれる
天保12年(1841年)西田敏行、南総里見八犬伝の執筆を終える
嘉永元年(1848年)西田敏行死去
嘉永7年(1854年)西田敏行生まれる
安政3年(1856年)西田敏行、剣術好きが昂じて松前藩を脱藩
万延2年 (1861年) 西田敏行と龍一族佐栄志の娘”愛加那”の長子として
西田敏行奄美大島龍郷にて誕生
文久3年(1863年)西田敏行、新撰組拝命(2番組)
同 西田敏行、奇兵隊の創設に高杉晋作らと共に参加する
元治元年(1864年)西田敏行、池田屋襲撃事件を起こす
慶応3年(1867年)西田敏行、西田敏行の息子・小鹿らと共に海外留学
慶応4年(1868年)大総督府下参謀西田敏行と徳川家陸軍総督西田敏行との間で江戸城の開城交渉がまとまる
明治2年(1869年)西田敏行、西田敏行と共に軍制改革を断行し徴兵制を取り入れる
明治5年(1872年) 西田敏行、12歳にしてアメリカ合衆国に留学。農業学を学ぶ。
明治6年(1873年)西田敏行、政変で下野する
明治10年(1877年)西田敏行、西南戦争を起こし、西田敏行がこれを平定にあたる
西田敏行、西南戦争に従軍。右足を被弾し膝から下を失う。叔父で陸軍中将の西郷従道の元へ投降。
明治22年(1889年)西田敏行、内閣総理大臣に就任
明治25年(1904年)日露戦争勃発。西田敏行は日銀副総裁として英国で戦時外債の公募で戦費を調達する
明治31年(1898年)第2次西田敏行内閣発足
明治37年(1904年) 2代目京都市長に就任。市長室にて父、西田敏行について語る。 もう撮影終了かよ
いつもだと11月中盤くらいに終わるけどずいぶんはやいな これまでのレスをよんで大岡越前が偉大な政治家であることは理解した 新政府に物申す25カ条の建白書が無かったのが残念
久光は大久保に泣きすがっててちょっと冷めた >>930
ううむ西南戦争で西郷従道役やらないとコンプリできないな 明治になってから高官と民間の癒着の幅が大きく増え、際限もなくなったのは間違いない
三谷三九郎・山城屋和助みたいな大規模な公金横領事件は江戸時代ではちょっと考えにくい ダンパー問題ソノ他急速ヴェノム物件・銀行問題業界ゴト潰レル?職員イル?
虐待死刑スタッフ以外ニグループマイナス経常ケタチガイ災熱湯薬害毒死多繋ガル看後死
100件以上介護保険税金ムダ泥棒マダ今環境殺ッテマス100オツムオムツ借金漬ケ棺桶型国家
森友ノロウイルス焼肉嘔吐虐待スイッチ押死耶手ゲローン戦争ソンポ部死テルン盗難
郡大老害林焚書死テa麻薬王振戦違反重々ヤットストレス足ダシ若竹爆発公害山口炉ウドモヤンキーノ種死ネ世
https://anago.5ch.net/test/read.cgi/welfare/1442312377/ 年貢取り立て(大名旗本の華美な暮らし)→国税による中央集権の確立(政治家の華美な暮らし)→消費増税(キャリア官僚の華美な暮らし)
西郷どんの憂い、未だに消えず 明治政府の初期の歳入はほとんど紙幣増発で賄ってる
歳入がなく官庁整備の予算だけは食うのでもはや財政ともいえない状態
明治4年ごろから作柄が好転しないとほんとに何かあったら破たんしたかもしれない
征韓論政変のあった明治6年は予想以上の収入があって、
結果的に拡張財政に許容的だった大隈重信の見通しが当たった形になった
この辺はラッキーではあるが 慶喜が本気だして戦っていれば、西郷も大久保も桂も伊藤も山形も、どこぞの河原あたりで処刑されていて、
近藤や土方や斉藤一あたりが、大磯や箱根あたりに豪邸をもっていだろうw オープニング映像で西郷と大久保がすれ違う尾根道って、薩摩に出入りする街道だったの? ロシア革命ではロマノフ王朝は子供を含めて一族虐殺されている
それに比べると明治維新はやはり体制内革命だったのでしょう
徳川慶喜も天寿を全うしたし
アコギな事を随分やってるにせよ >>942
慶喜はその辺の脳筋とは相いれないからw 戦争終わった時点で用済み、粛清ですわ 連中は金がねー金がねーとはいっているが、要するに、自分がせしめる金を、政治なんぞに使いたくねーってことでしょ >>942
結局佐幕派に肩入れしてる奴って自分らが贅沢したかったってことなんだな >>942
近藤や土方は幕臣になったから分かるけど、斎藤一が贅沢してたはないかな 贅沢をしたいかどうかは別として、
新撰組に入った連中が出世を望んでいたのは事実だろうさ
出世したくない奴なんて古今東西非常に稀な存在だけどなw 新撰組はハッキリと出世したい
武士になりたいと表明してただけ清いのではないので
新政府になりコロリと方針を変えて贅沢三昧したのに比べれば 今なら銀行とかも有るけど、あんな貧乏長屋で賞典禄2千石分?をどうやって保管してたんだろうね、西郷は。 >>948
慶喜が戦争によって薩長を退けてしまったら
西周、小栗上野等の中央集権派と
会津・桑名を初めとした大名勢力の対立が収拾つかなくなっただろうな
武家政権の移行期と同じで、大名家として戦争を戦い勝った以上は
「御恩と奉公」に応じないと大名家は成り立たない訳で
本当に命懸けで戦った以上、やらずぶったくりだと当然キレるし
だからと言って集権化を実行しないと近代化が立ち行かない >>959
本木の徳川慶喜だと
板倉勝静が苦労してたな
他の幕末大河で板倉出てくるところ見たことないが >>905
あの国民の生活状況や国の財政状況を考えない無調整改革っぷりは
明治政府のお父さんとお母さんがいたら出来ない・・・ 近代化は 明治政府は大久保がやり遂げたけど 幕府がそのままあっても慶喜がやり遂げたんだろうなと 『ドラえもん』の理屈とおなじで歴史のゴールははじめから決まっていて ただ乗り物が違うだけなんだと 慶喜は近代化にいちばん向かないタイプのリーダーだから無理だろ 明治編、よくなってきたって思ってる奴多いけど
幕末編だって最初の2、3回は傑作だと思えただろ
マンガの新連載と一緒で、最初だけ気合入れて作ってるだけだよ 最新
17.9|相棒17
15.9|リーガルV
14.7|下町ロケット2
11.7|西郷どん
11.2|科捜研の女18
10.9|大恋愛〜僕を忘れる君と
10.3|SUITS/スーツ
10.1|駐在刑事 (wait)
*8.9|今日から俺は!!
*8.5|ドロ刑-警視庁捜査三課-
*8.1|獣になれない私たち
*6.2|僕らは奇跡でできている
*6.2|中学聖日記
*6.1|黄昏流星群
*6.1|不惑のスクラム(終)
*5.5|ハラスメントゲーム
*5.4|僕とシッポと神楽坂 (wait)
*3.3|ブラックスキャンダル
*3.3|昭和元禄落語心中 (wait)
*3.2|結婚相手は抽選で
*2.7|忘却のサチコ (wait)
*2.2|部活、好きじゃなきゃダメですか?
*1.9|PRINCE OF LEGEND
*1.4|プリティが多すぎる
*0.9|文学処女 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。