【2012年大河ドラマ】平清盛 Part177©2ch.net
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安倍総理万歳!!日本国万歳!!
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みんなで逝こう >( / ⌒ヽ( / ⌒ヽ< 友愛万歳!
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婆さんもはよー
ラディオ体操第二ヨーイ笑 盲目の琵琶法師となりて平家滅亡を語り継ぐというのはよくできてるな 伊勢谷くんの賠償問題を騒いでるメディアがあるけど
アストラゼネカと日本政府の賠償問題を騒げよ
副作用が出て治験が中止した日にワクチン予算6714億円が閣議決定されてるんだよ
://twitter.com/MIYAKE_YOHEI/status/1304211682370052096?s=20
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 同じ平清盛が主役でも、新平家物語は凄い大作感があったんだが、これは変化球の企画、それも当たらなかったというイメージかな。
特に平治の乱以降は、画面を引き締める大物役者があらかた退場してしまって、松山ケンイチと松田翔太のフケメークの芝居がもの悲しく感じたな。 >>186
この大河は糞信者の行動が大河の衰退と視聴者のレベル低下を物語っている。 【社会に衝撃を与えた清盛の涜神行為がもった意義】
・清盛棟梁の座ピンチ(+家盛の台頭←頼長との男色をリンク=政治的コネクション形成手段としての男色)
・合理的精神=迷信嫌い(「あんなものはただの箱じゃ」)〜経ヶ島人柱否定伝説、「匡すべきは巻毛ではなく、
巻毛を醜いとする古よりの偏見だ」、宋人謁見に対する開かれた態度→交易国家構想、などに通底する清盛の根本精神。
・諮問会議紛糾→平氏処遇への態度(体制への包摂如何)から朝廷は次第に二つの勢力へと分かれていく(byナレ朝)。
〜とりわけ信西の現実主義vs頼長の復古主義→保元の乱の対立図式
・治天鳥羽が有した「罪刑専断性」=院政の恣意性〜諮問会議を踏まえつつも最後は治天の胸先三寸。
→結局、軽い罰金刑で清盛は事なきを得たが、「平氏の武力と財力が必要だがら」といった身も蓋もない理由で片づけず、
このブラックボックスな部分を心理劇風に掘り下げたのが、かのエア矢のシーンだ
(平氏が欠かせないことは諮問会議で親平家公卿家成が代弁)。
・清盛=旧体制への挑戦者、そして未来の破壊者(ドラマ的解釈を付加。これが最重要ゆえの「エア矢」創作だろう)。
鳥羽「そちこそが神輿を射抜いた矢そのもの。白河院が・・朕が乱した世に報いられた一本の鋭き矢じゃ」。
すなわち、神輿を射抜いた清盛は、自ら矢となって旧貴族体制のど真ん中にいる治天鳥羽を射抜いたのだった。
→実に三十数年後、弁慶の記憶に運ばれて飛んでいった鳥羽エア矢は、不信を強めていた頼朝in鎌倉に突き刺さった。
→朝廷という強固な岩盤を穿つドリル(内部に食い込んで貴族体制を弱体化。ついに「武力による」朝廷簒奪=治承クーデター)。
これこそが清盛が果たした歴史的意義であり、ここで清盛のレゾンデートルを再確認した伊豆のフリーライダー頼朝は、
清盛へのリスペクトを新たにして自ら京へ向けてエア矢=果たし状を放った。
→遂に源平合戦本戦ラウンド、源平棟梁間が雌雄を決する最終タイマン対決の時が来た・・・が、
その矢先に清盛は熱病に斃れてしまった。
さんざせせら笑われた清盛の「エア矢」を見た後に、何ひと〜つこの大事件の意味を捉えておらず、
驚くほど明後日の方角を向いた新平家の祇園社事件を見て比べるのは、正直辛いものがあります。 生没年を誤魔化したり、そこにいるのは物理的に不可能な人間がなぜかいるとか(伊勢に飛んだのは生霊清盛で、
歴史上の清盛はあくまでも京で床についている。逆に歴史上の西行は京へワープしてこない)、
出しても意味がないので省略するのではなく、いると主人公にとって邪魔なので妻子、姉妹を「抹殺」する、
みたいな改竄はやるべきではないけれど、
そうする理由が説明できて、それでドラマが面白くなるのなら絶対許されないとまでは言えない。
その意味で、新平家の改竄は、逆に平家のホームドラマをつまらくしてしまった点で大いに疑問。
【参照】
家盛を消し去り、経盛が次男で、しかも清盛共々祇園女御腹で、次世代の重盛はななんと時子腹。
これでよくもまあ「平家のホームドラマ」ができましたね。
これでは、棟梁の座をめぐる正妻の子家盛と清盛との確執と争い、さらに、上昇した平家一門〜源氏と異なり
仲が良かったとされる「一蓮托生」の平家にあって、見逃すことのできない対立軸をなした
時子(時忠)&宗盛vs重盛(明子腹)が繰り広げた水面下での葛藤など描きようがありません。
これらは、平安末期の主要アクターである平家の内部問題が、歴史に作用した重要な一コマであって、
単に平家のホームドラマにとどまるものではありません
(家盛が早逝しなければ清盛は歴史の舞台に登場しなかった、あるいは保元の乱で真っ二つに割れたかもしれず、
また、重盛孤立化は政界の勢力地図に与える影響大)。
また、歴史パートへの洞察ともなれば、例えば祇園社事件にしても、忠盛、信西の位置づけにしても、
もう話にならなくて戸惑ってしまうほどです。それでいて、清盛と常盤の恋バナに延々と尺を取ったり
(清盛は、寡婦となった常盤と子らの生存を顧慮すべき棟梁の責任に特化)。。
祇園社や平治の乱でまるで一兵卒のようにチャンバラする仲代も酷いもんでした(清盛の後者では、
六波羅の後衛から刻々と変わる戦況をー双六を進めるかのように操る清盛が見られる)。 高橋、西田、江守、北大路、石坂、松坂、三田、ナベケン、津川(故人)
この辺りの大御所が出ない大河については、「学芸会」と呼んでおけさえすれば何か貶したことになるらしい
ショボいジジババには悪いが、彼らが務めるような役は、大物度においても年齢的にも、清盛の一人勝ちとなった
平治の乱後ではひとっこ一人いない。
役者途中交代が不可となれば、松ケン、松田、岡田ま、深キョン中心に最後までやり抜くしかなかったのだ。
それでも、初期から出ずっぱりの上川、藤木、途中から加わった遠藤、宇梶、相島(若い兼実を堅実冷静なキャラに
合わせて高めに設定)、京本などのベテランが若手を支えており、決して軽量級ではなかった。
しかも、出てきた若手は、昔よくいたような下手っぴはほとんどおらず、
頼りないどころか大健闘したと言ってよい。今では主役級に成長した役者が何人もいる。
【保元の乱以前に登場して後半まで生き残った役者】
松山ケンイチ、松田翔太、松田聖子、藤木直人、深田恭子、武井咲、森田剛、西島隆弘、温水洋一、
上川隆也、藤本隆宏、りょう、駿河太郎、鈴之助、成海璃子、青木崇高、加藤浩次、加藤虎之介、吉沢悠、
梶原善、有薗芳記、柊瑠美、腹筋善之介、桜金造、伊藤修子、きたろう、岡田将生(ナレ)
【平治の乱前後までに退場した役者】
中井貴一、和久井映見、加藤あい、中村敦夫、豊原功補、大東駿介、渡部豪太、中村梅雀、
佐戸井けん太、尾身としのり、土平ドンペイ、まえだまえだ
玉木宏、小日向文世、田中麗奈、中川大志、橋本さとし、阪本浩之、浪岡一喜、金田明夫、趙たみ和、長谷川公彦、
伊東四朗(再登場あり)、三上博史、檀れい、松雪泰子、吹石一恵(再登場あり)、井浦新、愛原実花、吉田羊、
北村匠、海老瀬はな、草川拓弥
国村隼、山本耕史、堀部圭亮、阿部サダヲ、塚地武雅、佐藤二朗、渡辺哲、
国広富之、矢島健一、野間口徹、横山めぐみ、浅香唯、平田満、山口良一、蛭子能収、蟹江一平、田中幸太朗、
野村周平、隆大介、徳井優
【平治の乱前後から登場した役者】
窪田正孝、岡田将生、杏、神木隆之助、塚本高史、遠藤憲一、宇梶剛士、須田邦裕、千葉雄大、佐藤仁美、
柿澤勇人、冨浦智嗣、吉武怜朗
二階堂ふみ、細川茂樹、相島一之、村杉蝉之介、岡本信人、峰竜太、高橋愛、福田沙紀、京本政樹、
ムロツヨシ、木村多江、尾上紫、
高杉真宙、井之脇海、森永悠希、石黒英雄、辻本祐樹、小柳友、田口浩正、浜田学、モロ師岡、永澤俊矢、
野仲イサオ、やべきょうすけ 弱い犬ほどよく吠える
馬鹿なやつほど長文で自分は賢いアピールをするが
背伸びはいつまでもし続けられないので、以前の文をコピペすることしかできない 捨て台詞の前にせっかくだから何か中身ない?素敵なオツムをお持ちのアホウヨにババアども。 的外れの賢いアピールをいくらしても、根が腐っていてはどうしようもない >>189
前半は豪華で確かに役者もいい演技してて面白かった
後半はあまり豪華じゃなかったかもね
けど、脚本が良かった分それでも楽しめた
傑作 >>195
中身がないのはオマエだジジイ、オマエにあるのは自惚れだけ。大爆笑 ハイハイ
俺の空っぽの中身の代わりに中身満載のレスをお願いしますね、おばあさま(大爆 しかし、毎度お馴染み「茶番自演バトル興行」でレス稼ぎしてるお前ら、
ここでも単発だがどうやってやるんだよw 大河を見る目がないだけじゃなくITヲンチの清盛信者w ハイハイ、麒麟でも早速そうきた。つまりお前。お前かどうかのテストなんだよ大爆
実は知ってるが、やる意味がない上にやっても3行ですぐバレるのでやらない笑
もっとも俺はたしかにアナログ人間だよーw 役者音楽初め古典的格調の点では新平家は昭和の名作だろう。
しかし、俺だけの見解ではないように思われるのだが、継ぎ接ぎでしかない総集編を見る限り、
中身は「清盛とその時代に踏み込んだ重厚な歴史劇」とは言いがたい。 全方位に敵を作っておいて敵は一人だと思っているのか
見えない敵と戦うやつってほんまアホやな そりゃ総集編だけ見りゃどんな作品だってそうだろうなw だったら全部見た婆さんのお前が、>>192の無内容ぶりを訂正すればいいじゃんけ? 自分で無内容だと理解出来たか。やれば出来るじゃないか清盛糞信者w 駄作を名作だと偽って売り付けるには、詐欺的長文で丸め込むのと酒の力が必要だよな。大爆笑 地下鉄
帰り際に一杯ひっかける酒の力がないと、さすがに麒麟スレまで乗り込んで暴れたりはしないわー
すんませんOWABI
とはいえ、俺は恐れ多くもモーゼではないにせよ、ティルオイレンシュピーゲルではないっすw
大河平清盛の真面目な伝道師でっす 好きこのんで他スレにスレ違いな作品のピントはずれな文を書きフルボッコされるマヌケな駄作信者w えっ、フルボッコ?
まあ酔っ払いなので気持ちエエわー笑笑 普段だれにも相手にされないからネットでかまってもらえるとうれしいよな。大爆笑 じゃあこれで今日は打ち止め。おやぬみ
他の大河は四季折々に着替えがあったが清盛だけはきたきり雀とか、
キンキラキンな戦国とは異なるシックな平安美の再現に対してすら、
ストーンオゥッシュで汚したーには呆れ果てた。
そしてこのババアどもは、肝心要のストーリー理解はといえば、常にゼロであった。。。
イッチバン笑ったのが、太平御覧贈呈シーン。
中国古代史の御仁が、大事典があんな少数部のはずないとせせら笑ったのに飛びついたはいいが、
考証高橋によって、実際にはほんの一部だけを更紗に包んで贈呈したことがわかっている。
本当は大部であっても、このシーンのために再現できるはずがないところに、大河清盛は史実に忠実に、
安徳が「世界に目を開かれた名君」となることを願った
この歴史事象を再現したのである。
もちろん、こいつらは、たかだか1、2分のシーンのために豪華な更紗を用意した綿密贅沢な作りに対して、
何の関心ももたなかったのである。 ねっとでの行動を見る限りよほどリアルが寂しいやつだな
我が物顔のくせに大河ドラマの視聴者層じゃないという 炎上商法を肴にほくそ笑む悪趣味工作員
放火魔の心理にも然も似たり 王家がー反日がーソーカがーオモチャの宋剣がー少年ジャンプがーファンタジーがー無知で無能な制作側がー
ってことで
とっくの昔にオレたちアタシたちコアな歴史ヲタ大河通によって葬られ黒歴史となった「駄作」がこんなことになろうとは・・・
つまりだ
素晴らしい作品であったが時代に魁すぎた〜こう総括したNHKの見立ては当たっていた。
ご愁傷様 糞盛工作員大嘘バラされて発狂
麒麟スレで暴れまわる ウソが見つかって尻尾を巻いて逃げるのか、カッスやな。 ナレに唯一の正解はない。視点や作中の役割については、ほぼ客観的解説に留めるものから、
歴史解説を超えて進行役を担うものまで多様だ。
したがって、担当者についても、局アナ、登場人物、ナレだけに起用される俳優など複数のパターンがあって良い。
ナレの調子も硬いー柔らかい、饒舌でノリが良いー寡黙、いろいろあって良い。
清盛におけるナレ朝は、最終勝者頼朝が敗者清盛をオマージュしつつ(平清盛なくして武士の世はこなかった)、
清盛と彼が生きた平安末期を俯瞰・総覧する
視座からの起用であり、十分成り立つ一つの選択肢であった(時代の総覧者的ポジからは、西行もあり得た)。
そして、強かな政治家に成長する長い流人生活の始点となった平治の乱直後から登場し、
「すべてを失い失意のどん底に落ちた孤独な京貴族」頼朝に、
岡田まはフィットしていた。
そのようなキャラ造型である以上、感情を挟まずクールな調子で淡々と「語りすぎない」ナレを
基調としたことに異議はない。
祖父為義(ダメ義)にツッコミを入れたり、自分の死をメタ視点で語る時すら、ナレ朝は第三者的視点を維持していた。
岡田まナレが上手かったとか主張するつもりはないが、こういうナレを棒読みとは言わない。
技術的に下手と最初は感じたが、評判とった落語ドラマとほぼ同じで、独特の抑揚のなさは彼の個性なのだろう。
(麒麟の大物ナレは意図も不明だし、すまぬがよほど棒読みに聞こえる)
蛇足ながら個人的に苦手なのは、語り自体が冗舌なナレと本来ドラマ自身の力で進行すべきパートをナレ
(やアバン)で大方語ってしまう、すなわちおたくら大好きなジェームス風ナレ。 武家政権の嚆矢を清盛とする見方は、おそらく歴史学の通説となった。
堅固な旧貴族体制を相手とする長きにわたる清盛の孤軍奮闘がなければ、伊豆でフリーライダーやってた
頼朝の鎌倉幕府もなかっただろう。
このような客観的な歴史の捉え方を主観面ー人的関係ーに投影させたのが、冒頭で「思わず口走り」
ラストで力強く宣明された「平清盛なくして武士の世はこなかった」である(志の継承が最終回のメインテーマ)。
政権構想や国制、京との物理的・身分的・心理的な距離感の取り方など、
頼朝にとって清盛は教師でもあり反面教師でもあり、その上、命の恩人でもある。
人間清盛を非常に意識していたのは当然として、先行する清盛をある種リスペクトしていたとしても不思議ではない。
こうした歴史をドラマに転換する妙技を、ゆとりを失いボケが始まった爺婆が理解することは、もはや叶わない。(大笑
お前な経済学の基本用語ぐらい押さえとけ。
京での俺の国造りを「伊豆の田舎で指を咥えて眺めておれ!」と一喝された上で流された頼朝は、
まさにその通り、諦めの心境でスローライフを送った。
その間、清盛は着々と旧体制に食い込み、特権貴族だけが我が世を楽しむ体制を内部から変えていき、
武士の世へと時代を転換させる緒をつけた。
このようなレジームチェンジを「公共財」に見立てた「フリーライダー」ということ。
現代の価値観?
思わずくちばしちゃったテヘヘとナレ朝しただろう。つまり場違いであることを自覚していた。
思わず本心をらしからぬ形で吐露したのが、あの冒頭場面なのだ。
しかも、本心ではそう思っていたとしても、それは別に現代的価値観でもなんでもない。
現代の価値観がーてのは、ババアの大好きな昔は良かったーで、
正室に「朝鮮の戦は非道であります」とかだんなに言わせることを言うんだよ。
アタシは初めて知ったコトバの含意を国語辞典の一言で学びマスタ!w 以上租税、宗教、国際関係に一切無知な現代からも取り残された老害の一人言でしたw しかし酷えもんだなオリキャラ攻撃、中でも駒麦ちゃんへの集団リンチ。
いくら清盛で経験済みとはいえ、そして5ちゃんでは珍しくない光景とはいえ、気分悪い。
彼女らがいないと、いくら光秀自身があちこちお使いに出っ張っても
各パートがバラバラとなって群像劇にならないと擁護もした(御都合主義は麒麟のオリキャラに
限られない)。
逆に言うと、いなくても話が成り立ち、オリキャラに尺を割いたため肝心の歴史展開や
歴史上の人物の描写が手薄になるようでは本末転倒であって、
今回はそのような批判が目立つ。これはよろしくない流れだ。コロナ禍も影響しているのではないか?
オレはなんとまだ見ていないのでノーコメント。
なお兎丸コピペは省略しますねw 盗人猛々しい
【解説】 盗みのような悪事を働いたにも関わらず、ずうずしく知らん顔をしていることから。
また、それをとがめられたら居直ってみたり、食ってかかったりするような人に対して使う。
「猛々しい」は、「ずうずうしい」の意味。 あと死にかけの清盛の西行相手のノリツッコミは絶妙。プゲラ。 ようやっと浦島太郎並みに麒麟最新回を見ようと思ったら、録画予約を削除したまんまだったの巻。
土曜地上波再放送を予約完了したので許してちょんまげ。
コロナの野郎に振り回される様は、制作側と違ってお気楽な我ら視聴者もおんなじですの。 んなもんイラン、勿体無い、ヴォケーーー
いや不肖長文は欲しいんですけど(苦笑 大河のコアなファンに相応しい高度な会話ですね。プゲラ。 現代社会から置き去りにされたヤツに支持される清盛w >>239
うむさすが
>>240
うむ絶妙
イランといえば
サヘルローズちゃんが心配だ 考証2先生が井沢元彦とつるむようになって悲しい
軽率なところは昔からあったけどそれにしてもなあ >>247
拙者も同感。
タコツボ型歴史研究を自己批判し、専門外に口出すなと冷笑されるのがオチなところ、
学際的に他時代へと翼を広げていく先生の姿勢は支持している。
簡単にバカにしているせせこましい実証系は、せめて講談社学術に入った永原先生「戦国時代」に寄せた
本郷氏の後書き解説を読んでからにして欲しい。
とはいえイザワ氏とコラボとかうーーーんガクっ 尊敬するローマ氏の泰斗、同じく啓蒙書量産型の本村先生(師匠のクリスチャン左翼のフェリス大先生
と違って健全保守)と似ている。
先生は強い決意のもと、ギリシアどころかメソポタミア文明まで遡り、さらにローマと同時代の
中華世界まで視野に入れた壮大な「世界史」の構築を探究している。
そこで強調しているのが、細分化された専門知の役割を認めつつも、一人の歴史家によって解釈され
記述された一貫した歴史像を提示することの重要性。
本郷先生におかれましては、このような方向性で骨太の歴史像を描き出していただきたい。 本郷に骨太って出来もしない事を強要するモラハラだなw 大泉洋が源頼朝なら、上川隆也に安達盛長をやって欲しいなあ
平清盛で従者役が嵌まってたし、黙って置いとくだけで大河っぼくなるから
出して損はないと思う
黙っているだけで雄弁だったのが上川盛国。上川盛国置き物批判にはたまげた。
明るく飄々と根暗な流人頼朝を支え、しかし局面では政子との縁組をコーディネートするなど、
ドラマ上重要な役割を担った安達氏の祖。
この藤九郎を素敵に演じた塚本を受けて、まさしく頼朝初期の股肱の重臣、しかし裏方役に徹する盛長に
上川はすこぶる似合っている。 しぶとく生き残った真田の兄ちゃんも、らしくはなかったが味出してたでしょ。
少なくとも流人頼朝には相応しくはなく、老練な政治家頼朝のイメージとも違うが、
大泉はどこか意外性に富む頼朝を演じてくれそうだ。
何も政子に尻引かれる喜劇チックな頼朝の面ではなく、大泉がやる怖ーい頼朝という意味で。
なお、前半のレスは俺ではなく、これを受けて上川待望論を述べたもの。
しかし、上川は三谷とは疎遠で期待薄なんだってね。こういう狭いミウチで固まる縁故起用はまったく好かぬ。
正月特番時代劇は真田より素晴らしいと感心したが、9割近い真田横滑り人事をわざわざ誇示して、
自らの権力ー三谷組をアピールするやり方に辟易してしまった。 山本太郎が新選組のトップに立つなんて事実はドラマよりも奇なり バーカ
全く存在しないのなら、絶対出ませんよで敬遠するアンチ的「存在」もないわw 俺は太郎に期待したんだけどね。
なので、いちいち否定しにかかる左の軍師こたつぬこに不快感すら覚えた。
しかし令和新撰組の凋落を目にすると、やっぱ労働運動にも新自由主義にも通じた
筋金入りの、しかし柔らか頭の(ネトウヨの裏返しみたいな思慮を欠く左の言説に厳しい)、
行動する代々木党員学者の洞察に服する。
俺はといえば、あの白井聡並みにレーニン主義者への道を辿っております、苦笑 酔っ払いがナウ見たところ、この十兵衛ー久秀のシーンはあの鳥羽エア矢のオマージュ? オリキャライロハさんに関白さんが折伏されるのかよ?
歴史をなんの根拠無くして動かすオリキャラ〜これは拙がイッチバン共鳴できないやつ。
だったら、ただの恋バナ要員や賑やかせ要員のがマシ。
なので、随天や妖怪八重を、最高の演技によって最低のオリキャラとなってしまった
パラドキシカルな代表例に挙げて、大顰蹙を買っている。
それにつけても、一番バカにされた部類の兎丸は、オリキャラ史において燦然と輝く存在だ。 素面で見直したらなかなか良い回ではないの。
義輝、光秀を本能寺へと向かわす上で欠かせない重要人物と考えたのならば、
間違いなく藤本女史は、三好と義輝周りをもっと分厚く描いただろう。
たぶん現制作側もそう考えている。にしてはぞんざいだった。
大河清盛は主人公清盛と離れて何かの事象を描くことを峻拒し、
常に清盛との意味上の関連づけに意を払った(空間的、人的に疎遠となった伊豆の頼朝との比較描写もそう)。
この観点からは、「三好政権」に一介の浪人光秀を絡めるのは相当難題で、おまけに
義輝が最後に信頼し、いわば辞世の句を残す相手が光秀であるはずもなく、無理くり感は否めない。
都合よく出張しまくるお使い光秀か、それでも限界があるのでオリキャラ駒、太夫を活用するのか?
藤本女史においても、光秀と京や尾張、奈良との連結に頭を悩ましたことだろう。 藤本だと三好三人衆や松永息子にダラダラと尺を取った後に義輝が汚く切り殺されてたろうな こんな無茶な光秀設定では、どんな切れ者脚本家でも苦戦せざるを得ないだろう。
青春群像劇としたい、若き日の原体験が後の本能寺逆徒光秀を生んだ、、。
この抱負に期待を寄せたのだが、残念ながらそこまでの説得力はこれまでのところ見出せない。
藤本女史が担当するならば、資料上の明智が叙述可能な「これからの明智」に力点を置く、
例えば、東大金子先生の本を下敷きにするPでなければ、実力は発揮できないだろう。 残念なことに清盛で失敗したヤツが麒麟のPだから無理だよな しかし清盛は登場人物ほぼすべてがちゃんと見せ場があって繋がってた印象なんだけど。
(個人的にミスキャストはいない、いるとしたら誰?という感じ)
今回の大河のオリキャラみたいに尺だけ無駄に取ってヘイト集める奴なんかいなかったし、逆に本当に清盛作ったP?それとももう一人の手腕のお陰?と疑ってしまう。 そもそも清盛はウザすぎる女がいなかったし、オリキャラ兎丸もぶっ飛んでたけど声が変わってて受けたな。
最近しょっちゅう出てくる通称狂言回しのウザい女は今の視聴者に人気があるのか? 武将歌人キセル忠度もちゃんと見せ場作ってくれたのが嬉しい。
都落ちから一ノ谷討死にスポットを当てるわけにもいかず、それ以前はエピらしきものがないため、
モブに近くなっても仕方なかった。
熊野に育ち暮らしていた清盛末弟の忠度は、洗練された都生活とは無縁な田舎者で、
風貌も愛嬌のある髭もじゃの熊のプーさんみたいで、平家の中で一人異彩を放った。
皆から存在も忘れられた頃、忠度は貞能によって清盛五十の宴に連れられてポッと出てきた。
一同、その粗野な風態に驚いたが(こいつが平家か?)、コミカルな兄弟紹介と熊野踊りですぐに打ち解け、
忠度を仲間に加えた。
そこに祝福がてら乱入してきたのが摂関家兄弟。我らこそが王朝文化の体現者とばかりに、
平家に「舞合戦」「歌合戦」を挑む(もう一つの政治舞台〜王朝文化の主宰者=政治的支配者)。
舞合戦では互角ながら、歌合戦では名手兼実に平家ナンバー1を自負する「初めっから文化系」経盛は
腰が引けてしまう。
自らの和解下手を自覚していた清盛は(西行代作ラブレター、そして和解もどき)、平家の未来のために
息子たちにはしっかり貴族的教養を仕込んできた(貴族化を単に堕落と捉えていない)。
だというのにここで負けては、結局のところ落ち目の摂関家が為政者に相応しいことになってしまう。
これは昇竜平家の一大事だ!このピンチに清盛から指名されたのが忠度であった。
忠度は平家方の新エースとして、兼実とガッチリ四つに組んで一歩も引かない。いずれ劣らぬ出来栄えに
人々は感嘆する。
忠度の奮闘によって清盛平家は為政者に相応しい面目を保ち、他方、誇り高き摂関家の2人は、見下していた平家、
しかも滑稽な踊りで笑わせた粗野な風貌の男を負かせず、捨て台詞を吐いて帰っていった。
内外不一致の忠度の意外性がまず面白く、また、源平合戦を本格的に扱わない大河の枠組みの中で、
天才歌人忠度の見せ場を巧妙に作り出して見せた。
(一ノ谷の討死をやらない無知無能と呪詛したババアが元気だった。。)
さらに、歌会は弓、刀ではない文化力で戦う「合戦」であり戦いの場=政治の場であることを
(考証高橋の強調するところ)、的確に押さえた上での創作エピであった。 >1180年、頼朝は関東武士団を結集し平家に反旗を翻した。
>北条一門はこの無謀な大博打(ばくち)に乗った。
>頼朝第一の側近となった義時は決死の政治工作を行い、遂には平家一門を打ち破る。
義時くん、源平合戦でまさかの大活躍をするみたいなので、工作先ではないにせよ、
時子始め平家の主要どころの出番はそれなりにあるはず。
頼朝と政子が駆け落ちした頃から始める場合は(清盛では暗雲垂れ込める鹿ヶ谷と対比された。
史実的にも両者が結ばれたのは同時期の模様)、清盛も多少は出てきそう。 >>271
駒パートは実況ではトイレタイムの合唱だな
大河清盛は史実の人物で常時3〜4パートくらいで回してたからオリキャラ地獄はなかった マジスカ、オメデトン
滋子もあさひ太夫も、作品上屈指のキーパーソンとなった大役である。
〜危うい均衡の下で成り立つ清盛vs後白河を取り持つ蝶番。数奇な運命に翻弄される主人公みをの幼なじみ。
そんだけ藤本女史の信頼が厚いのだろう。
で結果、麦ちゃんほどではないにせよボロクソ言われて、俺も万全だったとは評してないけれど、
難役に全力投球して頑張ったと思う(失礼ながら、直近の太平記で見られた危なっかしいゴクミの舞と、
意志強固な滋子を窺わせるリコちゃんの舞を比べて欲しい)。
アッカンベーの少女から国政に介入する国母に変容していった滋子を、すべてのステージで
完璧に演じられる役者は、清盛同様おそらくいない。
ここを多目に見てやってくれ。
あさひ太夫をブスだのゴツいだの言いたい放題だったいつものババアたちには、いつも通り、
毎朝オタク自身の姿を鏡で熟視してね、と申し上げる。 【美貌】だけでなく、物怖じしない【強い性格】の持ち主であり(女官からのパワハラにビクともせず)、
危うい均衡のもとに成り立っていた二頭政治の【バランサー】として政治的にも重要な役割を担った
(後白河に寄り添い気まぐれを抑える。不満を抱く西光、成親と酒を酌み交わし宥める【気配り上手】
←徳利と遊ぶ少女滋子を早い段階で登場させる入念な段取りにより、著名な【酒豪】ぶりも描かれた。
内大臣昇進や徳子入内では清盛の意を受けて後白河に働きかける【平氏の利害関係者】として振る舞った)。
さらに、憲仁(高倉)立太子に向けて兄時忠を焚きつけるなど(平氏の財力を使え・・)【フィクサー】的な動きも見せた(表の政治を動かす)。
そして、滋子の死は即、これらの均衡の破壊を意味し、時代は一気に鹿ヶ谷の破局へと雪崩れ込んでゆく。
このように平清盛は、滋子の人物造形及び政治的役割双方に対して、歴史上の滋子に即した極めて的確な描写がなされていた。
アッカンベーから国母まで、「気を衒った」「愚劣」どころか、滋子のど真ん中に切り込んだんだよ。
要するに「巻毛がー」を言いたいのだろうが、
・ストレートの長髪が当時の「美女の規範」であったこと。しかし、そのような生物的な条件は全員が備わっているものではなく、
貴族の娘たちの間では「鬘」が流行した(小林「王朝の歌人たち」。「美女」が皆、地でストレートだったわけではなかったのだ
〜無知ではなく、当時の支配的な規範への理解が作劇の前提)。
・平氏一門も入内に備えて巻毛を直そうと必死となった〜女官からのイジメに言い返した滋子本人も弱気。
・皆が問題視する中、当の後白河は何も意に介さないどころか、これを積極的に滋子の個性と認めた(タブー嫌いと珍しもの好きの性格描写)。
・何よりも、「正すべきは巻毛ではなく、巻毛を醜いとする古来からの悪しき因習だ」と言い放ち、社会の側の偏見へと目を向けさせた
清盛の真骨頂を引き出した(逆転の発想)。
・かくして「好奇心と迷信嫌いの点で好一対」(高橋)の両者は、後に2人の間を取り持つ滋子の巻毛を媒介として
対立しつつも協調する提携関係に入った(平治の乱後の政治の枠組みがここで成立)。
巻毛は、このように豊かな内容を引き出す設定だったのだ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています