八重の桜にガトリング家老を出せ
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
勘九郎(当時)主演の民放ドラマ見たけど、恐ろしくつまらなかったな ガトリング家老は象山塾で覚馬と仲良かったのに
削られたのは勿体無いよね だよなー期待してしまうわ
だしてくれたらネ申大河だわ ガトリング家老がやったことが覚馬とほぼ同じだから
端折られたのか・・・ >>4
ガトリング家老と言えば高橋英樹ですお。
継之助は、出れば何十年振りですろ?(´・ω・`) ガトリング家老って通称の理由がよくわからない。
ドキュメンタリーか何か? 当然、出るんじゃないのか?
越後は激戦で、佐川官兵衛が河合継之助や桑名の立見と一緒に奮戦した。
相手方は山縣狂介。
また、梶原平馬が、河合のスネル商会船に便乗して、
越後から会津に鉄砲を運んだ。
ガトリング砲>>9 ___
/ミミ i \
./ミ /  ̄ ̄\ ヽ ホジホジ
|ミ / ⌒ ⌒ Vミ|
|ミ| (。) (。) |ミ | 掘りがいがあるわ♪
|ミ| |ミ |
|ミゝ (●●) くミ |
lミ\m||0 / ミ |
 ̄|〈_ノ イ ミ| ̄ /::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
/::::::/⌒ ⌒ \::::ヽ
|:::::| ''\,, ,,/'' |::::::|
|:::::| (・) . (・) .|::::::|
|:::( ⌒(● ●)⌒):::| <どう?
|:::::|. <三> ノ:::::::|
ノ:::::: ヽ、.___/::::::::人
/  ̄ ̄ ∩ノ ⊃ ̄“ヽ
( \ / _ノ | |
\ “ / ―’ .|
.. \_/___/ >>9
究極超人あ〜るで、
主人公が部室攻防戦のときに
「あははははは」と笑いながら
ガトリング砲を乱射する姿の元ネタ
だと思う。 明日か来週だろうな、せめてガトリングは準主役でお願いしたい
役者をぜひ食てほしい ガトリングwww家老wwwガトリングwww家老wwwガトリングwww ガトリング家老キター
NHKgjwwwwwww
来週辺りが楽しみwwwwwww ガトリング家老キター
NHKgjwwwwwww
来週辺りが楽しみwwwwwww 武装独立の持論とか感じさせない、ただの最新武器持ってるよヒャッハー!
でがっかり。 >>26
全くだ
中立も葛藤も談判も糞も無いから、参戦決意が他の列藩と変わらん酷い扱い あそこにいる獅童と合わせてひたすらヒャッハーする回になる悪寒…w 二本松は子どもで泣かせて敗北。長岡はヒャッハー敗北で面白うて、やがて悲しき?
それでも役者さんがなかなか良い味だったので、今後に期待。 河井の列藩同盟側への受け入れ役がしどうだよww
しどうは単発河井ドラマで岩村精一郎やってたなー
あん時も典型的な脳筋主戦派ザムライ 貼っとくよ。
│長岡藩ガトリング砲の威力うけてみよ!
\__ ____________/
∨ 薩摩長州史ね
Λ_Λ ドルルルルルルルルル!!!!! ∧_∧∩
( `∀´)___。 \从/ _ _ _ ⊂(゚д゚*) | _
ミ( つ【〔ロ=:(∈(二(@ > ‐― ‐ ― _ - ̄ )_ ̄/ ‐―
人 ヽノ B ̄゛ /W'ヽ  ̄ / /  ̄
(__(__) B 、、、 ,,, 再来週ぐらいにガットリング家老feat獅童のヒャッハーが見られるのかの
今からwktkが止まらないw
全く本筋と関係ないのに出してくれた脚本の人には感謝 牢獄の覚馬をちょっと削って、さらっとナレーションだけでいいから
長岡藩が中立路線だったことを描いてほしかった(´・ω・`)
まぁ龍馬よりマシだけど。 しかし、当時のガトリング砲って本当に実戦で活躍できたのかね?
取り回しが大砲並みに大変、にもかかわらず、大砲のように間接射撃はできない(敵を狙うには敵に身を晒す必要がある)
防盾が付いてないので射手が狙撃されたら\(^o^)/
仰角、俯角の調整ができないので高所から狙われたら\(^o^)/
南北戦争では戦列歩兵戦術が現役だったから戦果上げられたけど、戊辰戦争ではすでに散兵戦術に移行してるし。
使ったのは確からしいけど、どう使ったのかよくわかんねー
俺は藩主を洞窟かなんかに隠して、洞窟の入り口に据え付けるくらいしか有効な使い方が思いつかないんだけど あのガトリング家老…、風林火山で平蔵の義理の父親役だった人かw
あの時の人が良くて騙されやすい役のイメージが強いが故に、ガトリング家老としては見れないw 河合継之助というと 高橋秀樹の印象だけど 花神だったのかな?
高橋さん好きだったのもあって 壮絶な最後に泣き出したの覚えてる >>36
武田鉄矢の映画Roninでは奇兵隊みなごろしだったがあんなふうにはならんのか 出石藩邸は仙谷山(神谷町)、会津藩邸は芝(浜松町付近)。
その中間くらいに長岡藩邸。
八重で覚馬と尚之助と継之助が江戸で交流というエピソードも可能だったが、
継之助が佐久間象山を嫌っていたからボツになったような気がする。 地元にガトリング砲の良いレプリカあるから出して欲しいところだけどね >>39
獅童が河井の役でもよかったな、歳をとって重厚な感じになったし >>45
河井の吉原通いは実話だが、アマゾンのレビューを読んでいたら、司馬の創作で退屈だったとか独りよがりで思い込みで書いている
無知な輩がいた。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやだ。 河井主役に据えた小説は色々あるけど、酷いのもあるな
会津視点で見れば「中立」が許せなかったのかもしれんけど
義のために会津に味方して守るべき領地焦土化するのと
守るべき領民や領土のために泥被って薩長に頭たれるのと
どっちが正しいのか100年たった今でも自分にはわからない >>46
>河井の吉原通いは実話だが
もちろん知ってて書いたレスだが。
伊庭と小稲の仲も。
ただ河井と伊庭の対決とかいうことはおふざけだけどな
伊庭と土方がつるんで吉原通いをしてたという作り話を信じている、
腐女子たちの妄想にくらべたらまだマシなおふざけだろう。 マジメな流れだな
ヒャッホーガットリング家老ォオオオオオオってスレかと思ってた >>49
自分が河井の立場だったらどうするか って思うと悩むじゃん
河井の生き方は確かに美しいし正義ではある
けど守るべき領土領民を敗戦で地獄に落として、墓に石投げる人間もいたというのが現実で >>42
単に一定時間内に登場する人物数を制限してるからだと思う
登場人物を一度に盛り込むと、頭の悪いバカ視聴者が混乱して拒否反応起こす
バカの頭に拒否されぬよう歴史上の登場人物を増やすには
朝議の公家衆とか新選組とか西郷家娘衆みたいな一塊のモブ化してでないとダメ >>51
なるほど。余計なものを取り去った塊モブ。
しかし修行時代の河井継之助と会津人(秋月も)との関わりは余計なものとして
取り去るにはもったいなかったなあ。
と、思えるくらい河井継之助に注目していろいろ読めただけで収穫か。 なんだこのフライングゲットみたいなバカにした名称は >>53
53歳くらいのイメージあるけど若いよね
八重の桜だととっつあん役者振られてるけど、実際はキムタク・福山世代 >>35
「新政府軍のドアホは「中立」って言葉がわからんらしい」
みたいなセリフがあったから、中立路線だったんだなってのはわかったよ >>55
幕末ではいまのそんくらいの歳のイメージだから、正しい認識なんじゃね?
てゆーかワンポイントなんだから河井役にはインパクトのある有名役者をもってきてほしかった。 >>55 >>57
歴史上の人物、とくに男性の場合は
そういう我々の思い描くよりずっと若かったことも多いけど
でも精神年齢は現代人よりずっと高いと容易に想像できるので
単純に現代人の同年齢と同じような見た目感覚で捉えられないと思う。
「八重の桜」での配役はとにかく 佐川でなくて山本家の誰かがガトリング砲の図見てたら狂喜乱舞してたのだろうなあ
獅童佐川は「なんかよくわからんけどとりあえず長岡藩が味方になるからワショーイ!」という風にしかみえんかったw >>63
内野いいね!
『眼力』が重要ポイントだと思われ >>50
あなたは悩まないと思う、あなたが河井の立場だったら唯々諾々と申し出に従ったよ。 まあ幕府からして降伏してんのにいくら近代化した軍事力があるとはいえ
無謀と言えば無謀だし、近代の感覚からしたら
県民を犠牲にしてまで戦う価値があったかは疑問だけど
なまじっか近代化した軍事力があったから恭順以外の選択肢をかんがえてしまったのか もちろん主家の存続を至上とする当時の価値観からしたら戦う理由は充分あったと思うけど
そう言えば国家人民の立てたる君にて君の立てたる国家人民ではこれなく候うと
言っていた上杉陽山のとこは戊辰ではどうしたのだろう 峠はやらんの?
大河じゃなくてBS時代劇とかでいいからやってほしい ガトリング家老wwwwww
峠を超えたらあとは死ぬだけwwwww >>71
ガトリング家老は100年後生きてる人間にジャッジ求めたんだよ
死んだほうが世の中のためになるおまえとは別人種別民族だからw ガトリング砲は防衛用としてはそれなりに使えると評価されていますが、
射程の短さ、取り回しの悪さから非常に評価の低い兵器でした。
とはいえ、ハマると効果を発揮するのも確かで、甲鉄艦を新撰組が乗っ取ろうとした戦闘では
甲板上に据え付けられたガトリング砲が新撰組・旧幕府兵をなぎ倒して艦を守っています。 ガトリングばかりが注視されてるけど、
ブローカー商売の泡銭で大儲けした利益で最新式銃完備したっていう先進性はすごいよね
仙台藩に生まれてれば歴史変わったのにな 幕末の人物で、フィクションでもいいからもっともっと取り上げて欲しい人
bQがガトリング家老
(bPは中島三郎助) 何かカッコ良くないんだが
実物の方がイケメンじゃなかったか やっぱり阿部ちゃんが良かったがチョイ役っぽいからなぁ。 >>77
桂小五郎か榎本武揚主役の大河ができたら中島三郎助は取り上げられるかなあ
>>80
アホの坂田に似てるよね 軍の近代化が必要と、状況理解力と先見の明はある人で、持ってる才能は疑い無いの人なのだが、
なんで、わざわざ列藩同盟側で戦ってしまったんだろうかね。いまいち、行動に理解ができない人でもある。
宗家が恭順し会津桑名を見捨てた後は、いくら親藩といえど、あえて戦う理由はないし、
それをガトリング家老自身が理解していたからこそ武装中立という発想になったのだし。
どうしても、最後の行動が理解できないんだよな。
そもそも藩の全ての財政を注ぎ込んで軍を近代化させたのは、
この時代に長岡藩を戦禍から守るためには軍事力が必要だと見抜いたからなのに。
長岡藩、そして藩主を守るためにはどうすればいいかくらい簡単に理解できたはずなのに。
あれだけ先が読めて、最新銃器に詳しく、肥後藩の存在も知っていたら、
列藩同盟に勝ち目が無いのは簡単に読めただろうに。 世羅を斬った仙台藩士と同じで新政府側の使者(岩村精一郎)の横暴が許せなかったからだろう。
戦国の武士はお家が大事だが、江戸時代には武士道が発達して武士の一分は守らねばならんと思う人も居た。 そうだろうか?岩村精一郎の横暴は事実だが、それを理由に参戦というのも
それは後世の人が勝手に美化したあくまでも後付けの理由だろ。
大半の藩が体面もなく藩を守るためだけに新政府の無法を我慢し恭順しているのに。
たかだか、1使者の態度だかで、藩を焦土とし、藩主を朝敵にさせてしまう程、
愚かな選択をする程の馬鹿なら、あの時代にあれだけの軍の近代化なんかできないよ。 直接攻撃目標にされた会津、庄内なら武士の一分もあるだろうが、
あえて、自分の判断で藩主を朝敵にしていおいて、武士の一分もあるかよ。 ガトリング家老は好きだから、資料を見るたびに、いつもそう思ってしまう。
長岡は戦争回避ができた立場だっただけに。武士の一分とは遠く離れた選択にしか思えない。 >>84
実際岩村に中立案を蹴られてるんだろ?
新政府に与しても、列藩同盟に与しても
どのみち戦になるのなら、せめて信義に従って
って感じじゃないのかね? 日本人が脚本を書かないと、朝鮮ドラマみたいな大河ドラマになる。 まあ「中立」ってことは官軍にはつかないってことでもあるから誤解されても仕方ないな >>87
どのみち戦になるなら、まずは藩の安泰選ぶんじゃないか?
まちがっても、あえて藩を滅ぼす道は選ばないだろう。
そもそも、長岡藩にとって、会津側につくことに何の信義もない。
会津藩の恭順を仲介しようとした仙台、米沢とは立場は全く異なる。
。
信義って 武装中立を認めていただければ会津を恭順されてみせましょう。
という話だったと思ったけど。 そういえば仙台と米沢はなんで命がけで会津を救おうとしたんだろうね不思議 中立とはいえ、会津に好意的なのが見え見えだったからねぇ。
しかも強力な軍事力を持ってるし。
味方にしなけりゃ背中から撃たれるのが怖くて進軍できねえよ。 岩村が何いったかなんておそらくどの資料も信用出来ないだろうし
「せめて黒田か山県でてこいよ」って話だよなやっぱり
普通に岩村が戦争して手柄を挙げたくて、開戦せざるを得ないような状況を作ったんだろう
と、そんなに詳しくない俺が想像してみる >>92
特に仙台はよくわからん。
仙台藩の本音はどう見ても
「戦は嫌じゃ、だから会津攻めも辞めたい、
幸い会津には恭順の意思があるから、それで何とか手を打たせて欲しい」だったのに。
いくら世良が非礼で高飛車で使者としてはどうしようもないカスでも、なんで筆頭家老公認で世良なんかを斬首したんだか。 >>96
民主党の福岡出身の松本復興大臣が仙台で傲慢不遜な態度で知事に臨んだ時に
地元メディアが憤ったのは世良と同質のものを感じたのだろうな。 >97
それは理解できるけど、
戦の準備もしていない、会津との戦すら避けたい仙台藩がいきなり、
最新武器ひっさげて幕府軍を打ち破り、その後さらに西日本各藩から
軍備品や軍資金を巻き上げた薩長と戦をしようと思う心理の変化がいまいち理解できない。
実際仙台藩兵はぼろ負けして足を引っ張っただけだし。
但木土佐は本気で勝てると思っていたのかねえ。 怒りや悔しさみたいな感情を
軽く見ない方がいいってことじゃね?
遠く離れたところから結論ありきで判断するのと
当時の渦中にあって、色々な感情の積み重ねの中で判断するのとじゃ
変わって来るんだよきっと。 東北は都の動静があんま伝わってなくて
サッ長の近代化した軍事力の意味を理解しきれてなかったとか
ガトリング家老みたいな人もいたかもしれんけど
あとは伊達の末裔としては島津毛利に頭下げたくなかったのか
てか当時東北地方にそこまで連帯感があったとは思わなかった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています