>夕日招き返し
清盛の歴史的偉業の一つ〜音戸の瀬戸開削については、兎丸と清盛との「喧嘩」(アホかあそこ狭いんや→広くすれば良い)、盛国の解説、
そして五十の宴に押しかけてきたシニカル兼実によって再三言及された。

日招き伝説は音戸の瀬戸にまつわる奇跡譚であるが、音戸の瀬戸で工事ロケをやるわけにはいくまいし、金が余ってやったとしてもたぶん様にならない。
ところで、この伝説は絶頂に駆け上る清盛が奇跡を起こすほど巨大な存在となったことをシンボライズしたものだ。
だとすると、旭日昇天の勢いで上昇した清盛の絶頂期〜国の頂にたった時点ではなく平家が「もっとも幸福であったとき」〜に位置づけられた五十の宴回は、
この伝説を用いるのにもっともふさわしい場といえるだろう。

しかし、ドラマ上着目したいのは、上機嫌で酔っぱらってふらつく清盛を、盛国が「殿、お足元があぶない」と奇跡の場面で注意したこと。
この描写により、その後の平家の行く末を知っている視聴者は、栄光の日招き伝説のシーンがあたかも白昼夢のように映ったのである。
もう一つ、この奇跡譚が瞬く間に京中に、さらに遠く東国の伝播して「巨人、清盛恐るべし」のイメージを否応なしに拡大したことも見逃せない。
京の貴族たちのみならず、頼朝はじめ東国武士たちもすっかり恐懼・萎縮してしまい、いよいよ清盛による支配に飲み込まれていった
(例によって空間結合のアイテムとして利用)。