【第三十二回】太平記 part.32『藤夜叉死す』
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>>325
確かに面白そう
>>322
極楽寺、金沢、大仏とかいろいろあるのに政村はないのは何で? 政村流は常磐でいいんでないの?生前か死後かはわからないが常磐院覚崇を名乗ってるし >>328
しかし極楽寺の庶流にも常磐という家系があるからややこしいんだよな。 首藤氏(山内首藤氏)まとめ(乳母父、乳母について)
■源為義乳母父:首藤資道
首藤資清(初代首藤氏)→資道(源義家郎党、三河国の住人(尊卑分脈))
■源義朝乳母:鎌田通清(初代鎌田氏)の嫁
首藤資清(初代首藤氏)→資道(源義家郎党、三河国の住人(尊卑分脈))→鎌田通清(初代鎌田氏)→政清(源義朝乳母兄弟)
■源頼朝乳母:山内首藤俊通(初代山内首藤氏)の嫁(山内尼)
首藤資清(初代首藤氏)→資道(源義家郎党、三河国の住人(尊卑分脈))→親清→義通→山内首藤俊通(初代山内首藤氏)→経俊(源頼朝乳母兄弟)
鎌田氏補足説明
■真福寺(三河県岡崎市)僧(鎌田政清の兄弟):政清を含む遺体3体を引き取り、真福寺東谷に埋葬する
首藤資清(初代首藤氏)→資道(源義家郎党、三河国の住人(尊卑分脈))→鎌田通清(初代鎌田氏)→真福寺(三河県岡崎市)僧(鎌田政清の兄弟)
・真福寺(三河県最古の寺)
伝、法華堂は足利義兼、証菩提院は頼氏、持地院は尊氏の建立
真福寺町字薬師山6にある天台宗寺院。霊鷲山降剱院と号し、本尊は水体薬師如来。鎌倉前期成立の『聖徳太子伝古今目録抄』によれば、推古天皇のころ物部守屋の子息の真福が父のために建立、聖徳太子が敷地・田地を賜与したという。
所伝はそのままでは信じ難いが、物部氏の建立という伝承は重要で、物部氏の本宗家ないしその近縁の三河国造の系譜に連なる氏寺と考えることができる。室町後期成立の「真福寺元起」ではいっそう物部真福の創建を潤色している。
白鳳期の塑像仏頭が伝わり、東谷の発掘調査で白鳳期の軒丸瓦が出土しているから7世紀後半の創建は確実。碧海郡北野にあって火災に遭い(遺跡は北野廃寺)、寺基をここに移転したという説は成り立たない。
平安時代に天台宗寺院として再生したが、仁平元年(1151)2月24日に焼失したという。
鎌倉時代に守護・地頭の足利氏などの庇護のもとに盛期を迎えた。法華堂は足利義兼、証菩提院は頼氏、持地院は尊氏の建立という。寺外史料も比較的多く、滝山寺本堂三重塔・惣門などの落成供養に請僧として当寺の僧が招待されている(『滝山寺縁起』)。
山内首藤氏補足説明
■額田山内氏
首藤資清(初代首藤氏)→資道(源義家郎党、三河国の住人(尊卑分脈))→親清→義通→山内首藤俊通(初代山内首藤氏)→経俊(源頼朝乳母兄弟)→山内国俊(初代額田山内氏(三河国額田郡桜形))
・山内国俊の実父は経俊の兄、俊綱か?実母が山内尼であるのなら源頼朝乳母兄弟になる たぶん鎌倉殿誕生までの苦難の前史である為義も義朝も必要ないのだろう
>>325によると まあ東国武士がみな「源氏累代の家人」だったなんていうのも、幕府成立後の後世に
作られた幻想らしいからな。 そりゃ昔は血統や系図なんて
きっちり調べや裏付けがあったとは思えないしな。 すまんすまん、清盛を忘れてたw
じゃあ源平もおさらいする意味でも
風と雲と虹と→炎立つ→平清盛→義経→草燃える→北条時宗→太平記
これでいこう 花の乱→毛利元就→国盗り物語→風林火山
となるわけですね 承平・天慶の乱は、中世というより古代だけどな・・・。 古代でも中世でもいい。坂東平氏がどうやって関東に根を張ったのか勉強になるじゃん。後の鎌倉御家人たちだぜ その段階では、河内源氏は関東に何の基盤も持っていないけどね >>326
江間っていうのもあるんだよな。
義時直系だったか。 BSの再放送、そろそろ「太平記」でもやらないかな? チャンネル銀河は1月から「翔ぶが如く」らしいが、「太平記」はやらないのかな? >>361
最近室町が少々流行っている感じだから、その絡みでどう? このスレ、最近過疎ってないか?
以前は延々と何かしらの話題が必ず続いていたのにw 今参勤交代リターンズで陣内が松平信祝に転生してるぞw >>366
「八代将軍吉宗」では長崎息子だった人か 大河「毛利元就」では、陶隆房時代のほうが遥かに長かったからなぁ。 シエのアレが印象強すぎるけど、何気に陣内の陶も年齢一桁の頃から出ているんだよなw 上にある足利式部大輔ってのは足利式部大夫の間違いじゃね?足利式部大輔が見当たらないんだが 【警察による国民監視衛星の悪用】
◎電磁波を使った国民に対する人体実験・虐待・拷問・性犯罪
『未分類 電磁波による拷問と性犯罪 Archive. is』の記事を御覧ください。
http://archive.fo/sFWAh
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【告発者】高添沼田(葛飾区青戸6)
◎日本全国にたくさんの被害者がいます。
@私、高添沼田のオヤジはこのような犯罪を絶対に認めないし絶対に許さない!!
A私、高添沼田のオヤジはこの犯罪の撲滅のために最後まで闘い抜くことを誓います!!
B私、高添沼田のオヤジは邪悪な警察権力に対して敢然と立ち向かうことを皆様にお約束します!!
C私、高添沼田のオヤジは被害者に代わり自らが電磁波による人体への攻撃を受ける覚悟でいます!!
D私、高添沼田のオヤジはたとえ孫が電磁波攻撃にさらされようとも闘い続けます!!
637長介「高添沼田の孫を犠牲にしてでもこの犯罪を撲滅してみせるっ!!」2017/12/31(日) 14:13:33.07ID:gpbqMfQq
高添沼田のオヤジ「孫への電磁波一斉射撃やれるもんならやってみさらせっ!!」
長木長介「高添沼田の孫への電磁波一斉射撃ぜひお願いしまふ」 >>382
で、それは大河「太平記」にどう関係するんだ? 質問したけりゃ質問すればいいし、答えたければ答えればいい
第3者がどうこういうことじゃない。 大河ドラマ太平記の質問じゃないから不可
最低のルールはある 意味不明w
ある程度この大河に関連する内容なら別に何を話題にしてもOK
需要があれば話題が続くし、なければその話題は自然消滅する。
あと、どこまでがドラマに関連すると考えるかの尺度は人それぞれだし、あまり厳密に話題を限定しても過疎っていくだけだよ 正月からそういがみ合わなくても。判官殿が県民ショーに出てるからそれ見て落ち着こう 判官殿も今年60歳か(年男)
晩年の道誉ならまだできるな
義満大河で、是非演じて欲しい 斯波高経との喧嘩
大花見大会とか映像化したら楽しそう >>391
何かどうしても波風が立つようなトゲトゲしいレスをせずにはいられぬ御仁がいるみたいね。
>>393
斯波高経は、このドラマには登場しないんだよな。
まあ尊氏のセリフのなかでは言及されているけどさ・・・。 来て欲しいのか?
そうでないなら、わざわざ呼び起こすようなこと書くんじゃねえよカスボケアホンダラ 後醍醐の切なるご催促に、楠木正成は重い腰をもち上げた。水分(みくまり)の館(たち)から一族500人の運命を賭けて――。すでに主上は笠置落ちの御身であった。また正成も、2万の大軍が取り囲む赤坂城に孤立し、早くも前途は多難。
一方、正成とはおよそ対照的なばさら大名・佐々木道誉は幽閉の後醍醐に近づき、美姫といばらの鞭で帝の御心を自由に操縦しようとする。かかる魔像こそ、本書の象徴といえよう。 >正成とはおよそ対照的なばさら大名
判官殿さすがっすw タイガドラマモオモシロイケドオススメノジョウホウ
グーグル検索⇒『立木のボボトイテテレ』
XYIN3 >>403
道誉も一時は本気で後醍醐天皇に心酔していたって話もあるが。 佐々木道誉は鎌倉政権が続いてたとしても
そこそこ良いポジションでいられたはずで
倒幕軍への寝返りがますますミステリアスな御人でです >>411
道誉主役の大河だったら飽きなさそう
直虎みたいなファンタジーに走らなくても
笑える人生だし >>411
足利幕府では六角より優遇されてるし、判断は正しかったのではないか 太平記は名作なだけあって
印象に残る台詞が多かったな
直虎なんか柴崎の「うむ」しか記憶に残らなかった かように致しておる間にも、
彼の地では我らの兄弟縁者が…
もはや酒でも飲んで南無阿弥陀仏と歌うておらねば、
はっはっはっはっ…やり切れませぬ! >>411
>佐々木道誉は鎌倉政権が続いてたとしても
そこそこ良いポジションでいられたはずで
それを言い出すと倒幕側への寝返りが一番ミステリアスなのは、尊氏だけどなw
もっとも尊氏にしても道誉にしても「倒幕」という意識はそもそもなかったとも言うが。 だから儂は足利を鎌倉から出すなと言うたんじゃ!
これでは翼の生えた虎だわえ 尊氏は実母が北条氏じゃないからなあ。嫁で薄まったとはいえ。母が北条氏の高義が足利を継いでたらどうなったかな でも高義生母の外祖父は安達泰盛だし、高義生母の父金沢顕時も、泰盛の婿という関係の
ために流罪になったりしているからなぁ。
仮に高義が生きていたとして、史実における尊氏よりも幕府内で微妙な立場に置かれた
可能性も考えられるよ。 倒幕の決意はしなかったんじゃない?母も嫁も北条じゃあがんじがらめよ >>421
史実の尊氏も倒幕の決意なんてしてないと思うけど >>421
それ以前に足利宗家は何世代にもわたって北条一族との婚姻を繰り返しているわけだし、
足利一門庶家のなかにも北条の血はかなり入っているわけだけどね。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています