【第三十六回】太平記 part.36『湊川の決戦』
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このへんから、主要キャストが毎回死んでいくんだな
楠木兄弟、新田義貞、北畠顕家、後醍醐天皇、母上 この回のせいで「新田義貞はバカ、無能」というイメージが決定的になったんだけど、
どうなんだろうね? 楠木正成の首が晒されたのは僅かな時間ですぐに河内の楠木一族に戻されたが、一方で新田義貞の首は市中引き廻しされた上で獄門にかけられた、この差よ もしショーケンの義貞のままだったら最期まで
陰キャで不気味なイメージのままだったのかな この時、朝廷側に味方する水軍は皆無だったのかな?
平家は都落ちした後もある程度瀬戸内海の制海権は保持してたのと比べると、海上軽視の印象だな。 >>7
実際、戦歴は多いのに鎌倉攻め以外にまともな戦功がないのは事実だしw >>12
平氏にとっての瀬戸内海は、源氏にとっての坂東と同じで、勢力基盤そのものみたいな地域。
そりゃ、このときの後醍醐とは同列には語れないだろう・・・。 足利方が室津の軍議で山陽・四国の国ごとに国大将を置いたことも効いていると思う 四国には細川一族がいたからな。定禅や和氏が。山陽道は直義が。山陰道はいなかったのかな?尊氏だけ悠々と瀬戸内海を船で湊川へ。 >>9
皇居前の銅像と南武線分倍河原駅前の銅像、この差よw >>16
畿内から西国への出口付近を赤松が押さえていたことも大きいだろう
新田はここでも赤松相手に無能な戦いぶりを発揮しているがw 阿野廉子にも左中将殿は鎌倉を攻め落とした以外何の戦功も無いと真正面からバカにされていたな >>18
「播磨守護職なら既に将軍からいただいておるわ!ガハハハハ!」 >>11
もともと新田は足利一族に含まれる的な視点をドラマに持ち込んでいたら
ショーケン義貞がハマったかもしれんね。あの義貞は権謀術数使いそうだし たしかにあの新田は根津甚八の無駄遣い
キャラが違う >>24
そうか?むしろハマってたと思うが
ショーケンは違和感ありあり ショーケンだったら義貞の死にざまを
もっと無様な感じの演技プランでやってきたかもしれんね(´・ω・`) 根津甚八の死に様は歌舞いてなんぼって強いイメージあるわ・・・黄金の日日のせいだな
つまり俺のせい >>25
確かに義貞って、実際の人物像としても、あまり権謀術数が得意なタイプには思えないし、
むしろ周囲のいろんな人々の思惑に振り回され続けた感じだから、根津氏の素朴な感じの
演技で結果的に良かったと思う。 そもそもショーケンの代わりに根津甚八を持ってこれた事自体が豪華な大河だと思う >>17
分倍河原駅前の新田義貞像は
凄くデカくてカッコいいぞ
実物視たことねーだろ?
By 東京都府中市民 銅像そのものの問題じゃなくて、立地の問題だろ。
日本中、いや世界中の観光客が集まる場所と、東京郊外のドマイナー路線のドマイナー駅前では勝負にならんw 義貞は追討院宣が出てた親分だし首は晒され市中引き廻しだろうよ。尊氏が負けてても同じ処遇。勝てば官軍、負ければ賊軍 >>32
義貞は本来足利の庶流の分際で宗家に楯突いたわけでもあるから、当然そうなるわな。 死際名場面
1 足利直義
2 足利貞氏
3 赤橋守時
4 新田義貞
5 後醍醐天皇
それぞれ史実古典太平記に近く素晴らしい
最近の大河は史実さえ捻じ曲げワンターンのドラマチック演出でつまらん >>35
おいおい北条高時と楠木正成はどうした?
あと、足利尊氏のラスト
『…行く末、幕府をお頼み申す…義詮をお頼み申す』
「…儂は頼りにならん男ぞ?」
『いや、30年前、初めて会った時から、友じゃと思うておった…生涯の友じゃと…』
「……ククッ…か、かなわんな!」 死にざまといえばやはり東勝寺での北条一族と長崎親子の最期やろね
太平記のというより、大河ドラマ史の中でも屈指の名シーンなんじゃないだろうか
赤橋守時の最期については、もっと盛り上げようとすれば、かなり盛り上げられたんだろうけど
そこら辺抑制が効いていてこれはこれで良いね 自分の書きこみを読み返していて思ったけれど、
赤橋守時に関しては、高時への「永の別れ」のシーンで既にすべてを語ってる感じではあるかな・
もっとも、あそこは守時のシーンだけじゃなくて、
高時が悪夢から目覚め⇒公平とは疲れるものと語りだし⇒赤橋が現れて周囲が非難を浴びせる中、
高時だけが守時の心情を見抜いて。。。
というあの一連のシーン全体がとても良いな 北畠顕家も父に会いたいがために伊勢ルートを通ってきたとか近頃弓の腕が落ちたとかフラグを積み上げていってからの死と報告を受けて悲嘆にくれる親房も含めて良かった >>36
定番だし長すぎ
得宗家滅亡場面なら
北条貞顕の心境複雑なあっけない自害が印象的
楠木正成は定番の死際シーンより桜井の別れが良い まあ「鎌倉炎上」の回は、大河ドラマ史上の最高傑作といってよいだろうね。 太平記の翌年、直義が太守や内管領らとフジで「ジュニア・愛の関係」をやっているね。
観応の擾乱並みに付いたり離れたり、裏切ったり裏切られたり。
目的が手段と入れ替わり、志など変わり果てる。 赤井英和にアテレコしたバージョンを出してほしいよな >>19
数年前、鎌倉末期(〜南北朝もの)の漫画が連載されたけど
多分、全部打ちきり?
個人的には
学研漫画人物日本史だったかの「足利尊氏」に夢中になったな
北条高時がバカ殿、新田義貞がモブ顔だったけど
今でも入手できるのかな >>47
尊氏が小島法師に「ハンサムだったって書いてちょ!」みたいに言ってたやつね! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています