【2020年 大河ドラマ】麒麟がくるpart118
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
【放送】2020年1月19日〜
【脚本】池端俊策 / 前川洋一 / 岩本真耶
【制作統括】落合将【プロデューサー】藤並英樹
【音楽】ジョン・グラム【題字】中塚翠涛
【時代考証】小和田哲男【衣装デザイン】黒澤和子【風俗考証】佐多芳彦【建築考証】三浦正幸
【医事考証】星野卓之【古文書考証】大石泰史【時代考証補】小和田泰経【所作指導】花柳寿楽
【芸能指導】友吉鶴心【殺陣武術指導】久世浩【馬術指導】田中光法
【演出】大原拓 / 一色隆司 / 佐々木善春 / 深川貴志
■公式サイト https://www.nhk.or.jp/kirin/
■Twitter https://twitter.com/nhk_kirin
【出演者】
https://www.nhk.or.jp/kirin/cast/
※前スレ
【2020年 大河ドラマ】麒麟がくるpart117
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1592455663/
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 西村まさ彦、離婚していた…還暦目前、元劇団員夫人との25年間に終止符
俳優の西村まさ彦(59)が25年間連れ添った元劇団員の夫人と離婚していたことが22日、分かった。
西村は劇団員だった20代の時に夫人と出会い、95年に結婚。まもなく長男をもうけたが関係者によると、
ここ10年は別居しており、今年12月に還暦を迎える前の“卒婚”となった。
これまで独身説が出るほどプライベートが謎に包まれている西村だが、結婚当時を知る舞台関係者は
「奥さんは脚本も書いていた元劇団員で、売れない時代の西村さんを必死に支えた糟糠の妻。2人は戦友の
ような関係でもあった」と振り返った。しかし、
価値観の違いなどから別居。事務所関係者は西村について「不器用なほど役にのめり込みすぎるタイプで、
芝居を抱えている時は周囲とほとんど口をきかなくなる」と指摘。コミュニケーション不足が原因で
夫婦関係にも亀裂が入ったとみられる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/319540ba4272cec8c4e861cf9958f726044ffc27 秀吉は朝鮮出兵じゃなく徳川討伐しとくべきだったけど、最期まで家康を信じてたんだな >>5
奥さんが三谷幸喜との不仲の原因みたいだから、良かったんじゃないか。 >>7
獅子身中の虫が最期まで分からなかった
アホすぎる 織田家みたいに小さくても豊臣家 は存続してほしかったよな サル〜家康が絡む大河
信長も大河によっては出てくる ちょうど、折り返し
オリンピックがあったら、どのみち二部構成になる
オリジナルだと、上洛で? 折り返し >>10
織田の宗家も豊臣氏も断絶させたのは徳川なんだよな 「方広寺の鐘銘事件」あんな無茶な言いがかりを付けてでも豊臣家を潰したかった家康「たぬき親父」の面目躍如 豊臣は関白を摂関家から簒奪したり悪業三昧だったからな 今川家は残し織田(宗家)豊臣は断絶それが家康の保守性 せっかくゆっくりと信秀時代からやってたのに2部にしちゃうのはもったいないな 国盗り物語に合わせる
もともと、まったりしてる
マムシ死ぬ 5/6
上洛 7/1
比叡山 8/26 まー信長秀吉も色んな家潰してるからあんまとやかく言えない >>7
天が家康に味方した!
とも過去大河で描かれているな。
少なくとも「真田丸」の小日向秀吉は、家康を
討伐するつもりでいた。決意直後、天正大地震で伏見城はもとより、統治国が甚大な被害が出てしまって家康どころでは無くなってしまった。 >>13
7月12日が秀吉の特集。
7月26日がキャストスタッフが明かす大河の舞台裏なる番組。
7月5日は選挙特番で7月19日は何故か、ダーウィンのスペシャル。 7/26が19:30〜20:43でダーウィン枠使うから
その分7/19でダーウィン特番にするんじゃね >>28
信長の場合、光秀があんな自殺願望あるとは思わなかった 確かに秀吉はなんで家康を生かしたままにしておいたのかな
毛利、上杉、前田、宇喜多がいるから大丈夫とか思ってたのだろか 秀吉は細かい保健を沢山かけてもほとんど機能しなかったね。秀次潰した時点でもう家康のもんだよ 現実主義者の信長なら「光秀は私を討って天下を狙うより私の元で大身大名になる方がはるかに得」と考えるだろうな >>32
秀吉は家康を全く危険視していなかった
それどころか秀頼を安心して託せるのは家康しかいないと思っていた
家康は秀吉の生前、豊臣姓を名乗り、秀吉の妹婿になり
跡取りの秀忠の正室に秀頼の叔母江を迎えて
秀頼の一番の忠臣だという顔をしていた 秀吉は家康の抑えとして堀尾.山内.中村.田中子飼大名達を東海に置いていたのだが関ヶ原では抑えが抑えにならなかった >>17
オリンピックがあっても、撮影中断まではしないだろ
撮影が出来なくなって放映スケジュールをこなせなくなったのが問題なんだから >>29
秀吉の特集はいいけど裏話はつまらなそうだね
どうせ大河好き芸人が集まって鬱陶しいだけだろ >>37
そろいもそろって東軍について領地増やしてもらって徳川の子犬ちゃんになったからな。 >>37
268年後尾張徳川家含めてみーんな裏切るんだけどねw >>32
加藤や福島みたいな身内の脳筋バカまでわからなかったんだろうな。毛利にしても3万の大軍を関ヶ原に派遣したのに身内の吉川も制御出来ない無能ぶりだしな。 >>41
それはどうでしょう。
麒麟がくるだけのかもしれませんよ。 秀吉が麒麟の道三のような考え方をする人物なら、秀頼に力が無ければ天下人の座を降りても仕方がないと思うところだがな。 >>44
そんな中13〜14の元服前の少年を含め藩を挙げて官軍に対抗したのが会津藩と二本松藩 会津藩の藩祖保科正之は家康の孫だから解るととしても外様大名である丹羽長秀の子孫の二本松藩は何故あそこまで頑なに官軍に抵抗したのだろうか? 福島、加藤なんかは親類なんだし、特に福島なんかはものすごく近い。
もっとこの二人を羽柴家(豊臣家)と一蓮托生みたいな扱いにできなかったものか 間にアクリル板入れて編集で消すとかして早くやれと思うよね もしハゲとかマザコンがマサイキリンとかを見たらどう思うんだろう
「おお、これがキリンか、これがきたらなぜ平和な世がくるのじゃ?」 秀頼は淀殿いがいのみんなに裏切られた可哀想なやつやな >>35
秀吉死後に淀殿と家康を再婚させる構想があったとか 世間では「武断派」「文治派」の訳かたをしているが 北政所をシンボルとする「尾張派」浅井長政の娘淀殿」をシンボルとする「近江派」の派閥争いの方が実態に近いのではないかな? >>52
長谷川博己らが
いちばんコロナを恐れていて
わずかでも危険性があれば撮影再開よりも
寧ろドラマの打ち切りを望んでると思われる
既に役者として成功して
富を得て家族にも恵まれている長谷川が
冒険を冒してまで撮影を継続しようとは思うまい
まぁ門脇レベルならば
千載一遇のチャンスだからそりゃやりたいだろうな >>33
前田利家が早く死んで前田の息子が使えない男だったのが誤算
毛利輝元が想像よりアホだったのも >>59
ハセヒロ家族いたっけ?
確か鈴木京香と結婚しないままズルズルと付き合い続けてたような >>50
会津も二本松も藩主は切腹もせずに生き残り
華族として新政府の庇護を受けて天寿を全うした
奥羽越で独立国を作る名目で薩長に抵抗しては見たものの
江戸幕府に忠誠尽くしてないやんけ >>50
丹羽氏は関ケ原で西軍に与して一度は改易されたが
家康によって大名に復帰
それがあって幕府に対して代々恩義を感じていた
それと、直前に奥羽列藩同盟を裏切った三春藩のように
裏切り者のレッテルを貼られることを嫌った面もあったらしい
軍議の場では、降伏しても奥羽の諸藩が敵に回れば滅ぼされる
降伏しなければ新政府軍に滅ぼされる
買っても負けても滅ぶなら信義を守って滅びよう
というような話になったらしい そんなことが戊辰戦争150年を期に書かれた
福島民友新聞発行の書籍に書かれてた もはやここは麒麟関係ない。
そんなの、かんけーねえ♪
そんなの、かんけーねえ♪
そんなの、かんけーねえ♪ >>61
面倒だから一つだけ書いとくと
そのスレで志賀の陣は信長の勝利としていて捏造としているが、
信長公記巻三の十月二十日条によれば、朝倉義景が和睦を申し入れてきたが、信長は許容しなかったとあり
『関白二条晴良の兄弟で奈良興福寺大乗院の門跡尋憲(?〜1585)が作成した、永禄5年(1562)から天正5年(1577) までの自筆日記『尋憲記』
十一月十二日条にも、十月二十一日、浅井長政が和睦を申し入れてきたが、信長が同心しなかったとある
義昭と晴良の二人が和睦の周旋に動いた理由を史料で確認するのは困難だが、将軍の大名間抗争の調停権を発動したものであり、
『尋憲記』でははじめは信長も義景も和睦に応じなかったが、晴良の「万一同心なく候はば、高野の御すまいと仰せられ候」との覚悟には信長や義景も感じるところがあったのか、和睦に応じることにしたという。 大阪の陣
麒麟を見た〜! 駒ちゃん
1503年には、江戸幕府は出来てる >>57
リアリストvs現状維持派
リアリストがいつも勝つとは限らないのが歴史の面白い所 >>73
道三の衣装のイメージはダースベイダーらしいが
長良川の戦いでは帝国の逆襲を連想した しかし延暦寺は和睦に応じなかったので晴良は説得を続け、
『尋憲記』によれば、晴良は綸旨(天皇)、御内書(義昭)、御下知(晴良)、信長誓紙の四点セットを調えて延暦寺に示し、延暦寺との和睦も調っていった
信長と義景が取り交わした誓書写しによれば、「上意のため」という将軍義昭の関与を示す文言はあるが、「勅命」「綸旨」「叡慮」といった天皇を示す文言が見当たらず、先の尋憲記の記述により勅命講和は延暦寺に限定されている
浅井朝倉との和睦条件のひとつとして、江北の地を浅井方が三分の一、信長を三分のニとし、信長の勝利か痛み分けといっていいだろう 道三の最期もなぁ
「毛利元就」の元就と陶晴賢の一騎打ちもそうだったが
無理してああいう演出をしなきゃいいのに
ショボさが際立つだけ 道三の最期以上にその後のこのこやってきて暴言はいたのにそのまま帰ってヨシ!なのがドクソ 今井は退所後、体調が改善し、今年2月に親交のある片岡愛之助主演の舞台「NOBUNAGA」で復帰。4月10日公開予定だった映画「プラド美術館 驚異のコレクション」(7月24日公開)では日本語版ナビゲーター(ナレーション)を務め、同月には愛之助らが所属する松竹エンタテインメントへの所属も決まって、俳優として本格復帰の機会をうかがっていた。
そして、今月7日には、ついに長谷川博己主演の大河ドラマ「麒麟がくる」の第21回「決戦!桶狭間」にゲスト出演するに至ったのだ。 「今井演じる毛利新介が、今川義元(愛之助)を討ち取るシーンは話題になりました。
圧巻だったのは、今井がジャンプしてやりで片岡を一撃するところ。20キロもの重さのある鎧兜(よろいかぶと)を身に着けているのに、ワイヤで2メートル空中につり上げたそうです。それでダイナミックな演技につながりました」
ttps://news.yahoo.co.jp/articles/13ab7ca92d30887fb873b5999d0a401c5aea6026 >>82
>圧巻だったのは、今井がジャンプしてやりで片岡を一撃するところ。
なのに肝心の、義元が槍に刺されている場面自体は無いんだもんなー
義元が断末魔の表情を浮かべて絶命するとことか映さないと、全然「最期」って感じがしない
なんでああいう編集にしたのか、演出の人の話を聞いてみたい >>83
ゴールデンだから
小さいお子様も見てるだろ? 前に誰かが言っていたけど、雪斎がいれば…があったほうがええな >>84
子供の頃は土曜再放送組だったな、今はどうなんだろうね >秀吉はなんで家康を生かしたままにしておいたのか
むしろあの状況で殺せると思うのかw >>88
信長が朝廷に泣きついて朝倉に土下座したは三河物語の捏造、信長に有利だと勝手にプロパガンダ認定するけど信長公記が概ね正しい >>90
かまへんやん
ここで色んな情報を見るのが楽しみで来ている人もいるかも知れない
いずれ信長包囲網が麒麟でも始まるんだから >>91
>ここで色んな情報を見るのが楽しみで来ている人もいるかも知れない
って、自分やろw
許します。楽しく。 麒麟が来るをネタに雑談しているだけでいいんじゃね
なるべく光秀の時代から逸脱しないように
でも細けえことはどうでもいいか 高橋英樹の信長、思ったより良かった。
コーエー信長の原型だったな。
付け髭やカツラの生え際は今と比べると酷いけど。 >>83
そういう陳腐なリアリズムを排したことで、今回の義元の最後は真に迫るものとなった。
省略によって視聴者に想像力を掻き立てるこういう扱いを、優れた演出と評する。 斬殺されたシーンそのものではなく、今際の恐怖に目を開いた義元の最後の最後の瞬間に焦点を当てることで、
歴史を変えたこのシーンはレジェンドとなるーそういう意図をもった演出だろう。支持する。 最後、子役と青年役が幽霊で現れて、三者横に並んでサヨナラ
ってのが重厚長大大河らしいジジババにはキツかったかもしれない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています