太平記part.51
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>>185
子役も大人役もイザヤ丸に同情を集めさせすぎないキャスティングでしょ
そう出ないと尊氏が悪役になってしまう 「そなたの父ではない」とすっとぼけるシーンでは悪役 >>179
どーよがパトロンだった
↓
動乱がきっかけで楠木縁者と判明、どーよが手をひく
↓
新しいパトロンがつく
↓
新パトロンと上手くいかないメンバーがさようなら
という流れを想像した ミスターオクレも、ストロング金剛も居なくなっていてショック・・・ >>182
ドラマでは未登場のままだった護良親王側近の村上義光が戦死後、弟の信貞が家督を継ぐ。
別の弟の義国の七代子孫が村上義清(系図にかなり混乱はあるらしいが)
ただ、堀口(一井)貞政の名前も出ていたが、前に義貞が「越後で反乱が起きた」と語っていたがこれを鎮めたのが貞政
その後中先代の乱では越後から時行を討つために兵を集めたが、その前に北条軍が壊滅。
村上氏には貞政が出兵を命じており、この時点ではまだ宮方だった可能性もある。貞政と戦闘になったかは不明。
村上氏が足利に確実に転じたのは箱根・竹之下のあたりから。 なんで尊氏はイザヤ丸引き取らんので
登子の実家はもうないんだし気兼ねする必要ないじゃん
ちょっと無理無理な脚本になってるよね >>194
登子の実家がもうない→登子の地位が不安定→嫡男の千寿王の地位も不安定ってことだろう
ただ、私本の不知哉丸は三河で「御曹司」として育ち、母の藤夜叉を呼び捨てにする生意気な少年だし、
ドラマでは登場のタイミングの最悪さと、尊氏の言い訳の下手さがすべてだったw >>168
そもそも新田は足利の庶流扱いだったって説も有力視されてるし‥‥ >>184
足利からして鎌倉時代だと、本領の足利荘がある下野の守護じゃないしね 女子が大人になっても自分のことを名前呼びするのは幼稚臭いと
言われるが足利惣領家御台所が「登子は・・・登子は・・・」って
名前呼びしてるぐらいから伝統的にもおkだよな。かわいいよな。 これ主役が尊氏だから師直とか御舎弟どのが暴走したことになってるけど
史実はもう尊氏が公家一統とか思ってたんと違ーう!って勝手に東国支配やり始めた
という理解でいいですか? >>169
うわあ尾田くんだいぶ人格壊れちゃってるな・・・ >>204
チヤホヤされてつけあがってるだけ
まあ、周りにはイエスマンしかいないだろうし当然だけどな >>203
多分だけど史実の尊氏は、後醍醐天皇の侍大将で割りと満足していたと思う
建武の新政も言われるほど武士を蔑ろにしていない──というかむしろ武士に官位や位階を気前よくあげすぎて、公家から文句が出てるくらいだし
恩賞や所領安堵の扱いで不手際が連発したのは事実だけど、対応するため様々な新制度を立ち上げてるし、それらの政策は室町幕府にも引き継がれている しょくげん抄は苦労の賜物
ルールを決めたことで後世までルールに縛られることになるが 北畠親房「いそぎ都へ使者を」
顕家「でんわで済ませませんか」 政治はともかく戦闘指揮に関しては単なる御輿では無いけどね 完全版DVDディスク9見た
プレミアムでは12月から、細川顕氏(ウルトラセブン)登場か 公家なのに親子揃ってバイタリティの塊みたいな人物だよね >>203
>>207
尊氏という人は徹底的にやるべきところを、何とかできるだけ穏便にすませちゃおう
みたいな感じで行動してるようにも思えるんだけど。追い詰められないと大胆にならないし。 >>190
オクレやストロング金剛が座長の座とかなんか想像すると笑える ごめん>>198と完全に内容かぶってることに気付いた… 親房卿はこの時代の大著神皇正統記を残してるんで
この時代で一番内面を推し量りやすい人物なのよね
尊氏とかは事績から推し量るしかないけど
この人だけは何を考えてたかが直接わかる
まあ物事をズバズバと書く人
ドラマ通りで、さぞかし当時の公家社会では煙たがられた事だろう 信雄さんは長生きだからね。今の織田宗家も信雄の家系 亀岡の大河ドラマ館で
土曜から義輝役の大鎧が展示されてるそうだが
それ太平記の尊氏の鎧を使い回したらしい
展示替前に行ったので見れなくて残念だ
しかし物持ちいいなNHK 正成は「尊氏に真意を聞け」と言ったが、尊氏が大塔宮殺害を申し訳なく思ってんだったら
すぐ直義の首をはねて京へ戻り、申し開きをせにゃいかんよねえ。
それをしない時点で大塔宮殺害容認・黙認ってことだわ >>194
北条政子「ありえんやろ」→ 愛人の家を焼く
お江「ですよね。将軍家の一大事にございます(葵の岩下志麻風)」→ 幸松の認知に拒否権発動 対尊氏の評議の場で
名和と楠木との衣装の色が違うのは
よくわからないけど官位とかが違うからかな
ドラマだと違うけど、現実の公家層って
白粉塗って、お歯黒とかしてたんだろうか 今鏡によれば、後三条天皇の子の源有仁が男子で化粧、引眉、お歯黒をし始めたそうだね。
南北朝時代にはもう普通にみんなやってたか。 スレ違いになるけど
後期の室町将軍は
アニメ一休さんの将軍さまみたいな風貌になるのかな
参内の時だけかな 一休さん子供の頃に再放送で見ておもしれーだったけど
成長してから新右衛門さんも実在の人物と知って驚いた記憶 源平で逃げる際にお歯黒でバレてお前のような家人が居るかと捕まって切られた平家の公達が居たけど純粋な武士だとどうなんだろう
>>226
足利家伝来の(撮影用)鎧w 尊氏と登子と千寿王のスリーショット好きだわ
千寿王は二人の子供には見えないけど挙動が可愛らしい 格闘家のね。
昔の京都府の蜷川知事も先祖が幕臣らしいから子孫かな。 アニメ一休さんの義満は北山第ができていたのに出家していなかったな。 あの時代にもし寺社奉行あると比叡山、高野山その他、室町後期には本願寺の管理という地獄で出家しなくてもハゲそうw 尊氏も義貞も弟が絶妙にムカつくなw
何故か負け続けて絶体絶命の危機を救ってもらったのに偉そうな直義 何故直義は戦が弱かったのだろう。
決して勇敢じゃないとかそう言う事はなかっただろうに。 北条残党にボロ負けしたのを尊氏に助けてもらった直後、今度は新田に‥‥だからなあ おまえ子どもいないだろ。成人するにつれて顔は激変するんだぞ >>248
どちらの子役も今は働き盛りの年だろうけど、役者にはならなかったようだね 不知哉丸って名前にもう本当に俺の子?って感じが滲み出てるからな 自分はここでは評判の悪い直義と不知哉丸の場面好きだし
判官殿も鎌倉武士の視点から直義の立場も理解していたから言い分もある
自分も昔リアルタイムで見ていた時は直義が嫌いだったけどw >>255
直義はいざや丸といる場面では気のいいお兄さんよ
評定の場で「どの面下げて」という事を言い過ぎるわ >>246
頭が悪かったか人望がなかったか
あるいはその両方 >>173
花夜叉は死んでないぞw
>>181
直義と師直の馬が合わない感じは鎌倉倒幕より前の段階から随所に描かれている
>>183
ただ信濃みたいな国はそもそも一人の守護が上手く治めるのは無理があると思う
実際誰が守護になってもあまり存在感ないし
>>201
小山は承平・天慶の乱の頃からの下野押領使だからこれを差し置いて守護になるのは
源氏一門でもまずあり得なかっただろうな >>258
尊氏が北畠卿に会いに行った時とかねw
師直も面白くて好き >>248
片岡孝太郎と筒井道隆に寄せてるのかな? >>202
「直冬は西国へ参りまする!西国へ行き独立独歩思うように生きまする!」
>>211
その辺り頼朝は完全に神輿なんだよな
戦闘指揮能力は最期まで未知数で終わった感じだし
>>218
尊氏:現実主義的だが行き当たりばったりで中途半端
直義:原理主義・完璧主義的だが少々融通が聞かない
まあどっちもどっちだなw
>>222
公家社会の先例・慣習糞食らえの後醍醐からすれば親房なんて煙たい存在の最たる奴だよ
だからこそ事実上の左遷のような奥州行きを命じて都から遠ざけたわけで 亜相殿も後醍醐亡き後は先例を無視した官位官職をバラ撒いて南朝の維持に奔走するんだけどな
先細りの現実の前では原理原則や理想論も無い 登子としては口には出さんが辛い状況なんだろうな
そもそも登子の目的は「守時と鎌倉を救う」だったのだが果たせずに兄は戦死
尊氏は登子には「どうなるか分からん」といい、その先は決めていたが説明しなかった
「長く放っておかぬ」といいつつ2年以上放置
千寿王を厚遇した義貞のことは信頼していたが、京へ去ってしまった。
右馬助も職場放棄して一時期は出奔。
実家の本家の北条が攻めてきて、負けたご舎弟殿は放置してさっさと東海道を先に逃げる始末
夫は自分たちの救援前に昔の女の村に出かけている
そしてついに不知哉丸が目の前に。しかも直義も清子も知っている
「その子は勘弁」になるだろうな。もう昨日の月も今日も明日も陰りっ放しの心境で。 >>262
尊氏、正成、義貞の誰も悪者にしないためにそれぞれの弟が上手く使われた感じだな
この辺は南北朝を描くにあたって色々と配慮した面もあるのかもしれない 確かに、3人の弟全員が単細胞バカとして描かれてるというのも結構凄いw
主人公を悪者にしない路線というのはこの頃からあったんだね 原作だと弟たちはそこまでバカじゃないんだけどねぇ
煮え切らない兄を叱咤激励したり、大らかな兄に代わって家臣団を引き締めたりしてるし >>267
朝ドラでもそうだよね
ヒロインがわがまま言ったことにしないために、なぜか弟がねーちゃんの願望達成に都合よくグレて暴れたり 宴を途中で辞してたしなめられた時の直義、早口過ぎて何言っていたか巻き戻して観ても分からなかった笑
あと、石は花夜叉への手紙で、まさか藤夜叉は自分が避けた刀の犠牲になったとは書かなかったんだろうな笑 >>272
そうだったら良かったんだけど、石が公家連中と揉めているときににフラフラ出てきて斬られる必要のないときに斬られたんじゃない? >>268
そりゃ弟を討ったと後から寄りともに恨まれたら嫌だから働かん奴が出たり、裏切りなんかもを恐れたんじゃないの
自ら出たら督戦も直接できるからね 頼朝が奥州に出陣したのは八幡太郎義家と自分を重ねて源氏の棟梁をアピールするため
そのために行軍速度を調整してたりする 奥州合戦は頼朝の武威を天下に示すデモンストレーションだよ。いわば鎌倉幕府の総仕上げ
あとどっちかというと頼義を意識してるけどな 前九年の役は清原氏に、後三年の役は奥州藤原氏に美味しいところを持っていかれてたからなあ
頼朝の奥州合戦はそのリベンジでもあったのかな? いざやまるがふてぶてしすぎてすき千寿王が女のコみたいでかわゆすぎるのもあるがw >>248
そんなもんさ
海老蔵夫婦の子ですらあの程度 脇屋義助の行動はまだ分からない面がなくはない。
直義のは新田をそこまで敵視する理由がドラマ的にもよく分からない。
義貞は(ショーケン時代だけど)、貞氏の代から謀反のススメ?みたいなことをやっていたし、
日野俊基に足利を推薦したのも義貞。
私本なら新田荘に捕らえられた兄を助け出しにいき、新田郎党とトラブル・・・・とかあったけどそこはドラマではなかったし。
まさか、兄が自分より先に北条打倒を義貞と相談したのを根に持っているんだろうか。 好意的に捉えれば命懸けで鎌倉を守ろうと戦った部下達に気前よく恩賞を与えたいという思いなのかもしれない >>281
足利は武家の代表として北条の残党をつぶしに来てんだろ。
新田がそれに協力もせず第三の勢力として敵対すんじゃ、当然困る 奥州派遣の前に顕家が「黄金の中尊寺を早く見てみとうございまする」とか言ってたが
実際の顕家は東北のどの辺まで行ったんだろうか。せいぜい多賀城まで? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています