太平記part.51
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>>616
ひどい成績だね。これほどひどいとは思わなかった。
よい軍師はいなかったのかな。 「師直、白湯をもてい」
子供心にめっちゃカッコ良かった
最近見直したら、思っていたより落ち着いた言い回し
子供が見ても大人が見ても惚れるわ そりゃ判官殿も御舎弟殿の命令なんて聞きたくないわ
島津義弘だって石田三成の命令なんて馬鹿にしてたんじゃないかな >>640
初耳。ちょっと調べてしまった。
珍しい「六平」姓は、父親が秋田県由利本荘市で代々続く真宗大谷派寺院の出で「平家の落人が六つの赤旗を立てた」というこの土地の言い伝えから「むつあか」が縮まって「むさか」になったという。現在も親族が当地で住職を務める他、全国に7 - 8軒ある「六平」家は全て親戚という 営業畑一筋の人間が、企画部の言うことなんて馬鹿にして聞き流すのと同じかな。企画の人間は人間で、営業なんて腹の中では小馬鹿にしてるし。 武士は建前は戦う事が本業の家柄だからね
戦に弱いと認識されるのは大問題 求心力っていうのは必要よね
それが地位なのか能力なのかカリスマ性なのかはいろいろだろうが、あの人の旗の下に集えばやる気になる、あるいは結果が出ると思わせる人は必要 >>645
清水エスパルス所属で本日もスタメン
たまにパパがスタジアムに見に来るw >>636
大杉漣出るのは35回「大逆転」 書きこむのが4日早いよ
まあ俺も大逆転の意味が分からない、なんて書いてるけど おお、次回大杉漣さん出るのか
トヨエツみたいにチョイ役かも知れないから注意して観てみよう >>620
それこそ大将が殺られたら終わりだから周りが必死になって逃がしたのだろう >>632
建武政権期の後醍醐は恒良を立太子させていたよ
>>633
建武政権下での光厳は即位自体なかったことという扱いだからな
後醍醐は二年ほど西国各地を旅行してきただけでw
ただ実際の光厳は幕府軍が後醍醐を廃位して接収した神器を伴って即位しているし
隠岐から帰還した後醍醐は改めて重祚したというべきだよな 朝廷の内部で権力闘争があって 鎌倉幕府の内部でも権力闘争があって それがあるときふとうまいこと噛み合って建武の新政がはじまったんだなと
足利尊氏はべつに後醍醐天皇に惹かれたけでもなく 後醍醐天皇も足利尊氏をあてにしていなかったのに あるときふと利害が一致して というかんじだったんだろうなと >>620
一番の奇跡は尊氏&師直に勝ったことだろう
尊氏譲りの軍才の直冬あって越そかもしれないけど 大杉漣といえば『義経』のときの源行家が思い出される インチキ占い師のような勅使役で そのうち義経を裏切るんじゃないかと思っていたがそうはならなかったなと
松重豊とか香川照之にもいえることだけど 漣さんはもっと悪役として活躍してほしかった 人気が出ていいひとの役ばかりになって勿体ないなと感じていた >>655
実際、明治以前の朝廷だと北朝が正統の扱いだったから、系図も後醍醐→光厳→後醍醐(重祚)→光明→崇光──って即位順だったらしい
後醍醐以降の南朝は偽主扱い >>664
北畠親房は偉大だったな
本一冊書いただけで、後世、自分達を正統に仕立て上げた ムサカさんは平家が先祖かも知れないのか
鎌倉武士にばかり転生してるけど >>659
打出浜の戦いのとき直冬は九州にいたはずだから直接この戦いには関与していないよ 大杉漣さん、来年はいっしょにJ1で応援しましょう…監督取られるけど。 お前らがサッカーの話するからマラドーナが死んだじゃないか! >>664
というか光厳は無論として正平の一統より前に北朝で即位した光明・崇光も
即位時に持っていた三種の神器は恐らく本物だろう 南北朝に分かれてからは神器の真偽はどうでもよく、京にステイしてることが正統性において重要 34話「尊氏追討」は最高だった
一人断髪式、道誉が寺で説得、右馬介が懇願、
出陣シーンと何度も見直す(噂にたがわぬ名作大河) 後醍醐天皇の尊氏への怒りが良かった
なんだかんだで後醍醐天皇すら尊氏に惹かれていたからこそ、何としても自分の元に戻って欲しかったのになぜ去ったんやという嘆きが伝わってきた 新撰組のときはわからなかったけど坊門の人いい声だね >>674
そのたびに周りは振り回されて身内が殺されてしまうね。 >>675
後醍醐はそれが理解出来ないから建武の新政も破綻したんだな 後醍醐も承久の乱の先例から学べよ
鎌倉幕府の将軍を自分の皇子にしたらいいだけだろ 朝廷の公家の多数派の意識からすれば
幕府なんかに負けるわけないと思っていたのに負けてしまったのが後鳥羽の承久の乱
幕府なんかに勝てるわけないと思っていたのに勝ってしまったのが後醍醐の元弘の乱 片岡孝夫で検索したら 片岡孝夫というのは本名なんだね だから仁左衛門を襲名したけど「孝夫さん」と呼んでも間違ってはいないわけだ
息子の孝太郎(本名康雄)くんも芸名に「孝」の字を入れてるのは「片岡孝夫」のほうが歌舞伎の名よりビッグネームだからいただいたんだろうね オープニング、向かいあっている烏天狗は後鳥羽上皇と後醍醐天皇、数秒後に炎の中から現れるボス天狗が崇徳上皇です 佐々木道誉(陣内孝則)は「どうあっても尊氏を討つ」という宣旨を見せたのは
ニセモノだったのかー
引っ掛かったな >>674
今回の尊氏の「南無八幡〜」はちょっとヨレ気味だったけれど、、代わりに右馬介の雄叫びはカッコよくて痺れた 次回はこれか(まんが日本史)
赤松「尊氏殿、こうした負け戦となったのは我らが朝廷の敵と見られているからではありませんか」
尊氏「その通りだ。新田義貞の軍がこれほどの働きをするのは帝を頂いているからだ」
赤松「左様、万民が朝廷を敬う気持ちは侮りがたいものがあります」
尊氏「うん、ならば我らも帝を頂こう」
赤松「そんなことができるのですか」
尊氏「後醍醐天皇の他に光厳上皇がおられるではないか」
赤松「おお」
尊氏「我らは光厳上皇の院宣を頂くのだ」 >>686 わかりやすくていいな これが南北朝を生み出すきっかけになったのね 今はヒストリーチャンネルでヘビィーローテーションで放送してます
子どもの日本史学習にも役立つし、大人が見ても本格歴史アニメ(史実ベース) まんが日本史は、たまにツベで見るな(確認のために) まんが日本の歴史は高校時代
日本史のテスト前に出題範囲の大まかな流れをつかむのに使ってたわ
案外役に立つんだよねw 今つべでまんが日本史をみたけど えらい詳しく解説してくれるんだな なめてた
ついつい足利尊氏の死までみてしまった 太平記のネタバレは勘弁してくれよ アニメまんが日本史は、山川の教科書より分かりやすい
(重要な事柄もちゃんと押さえている)
とくに映像は五感に訴求し、頭に印象が残り忘れない
さらにアムロ(義経)とか結構な名声優も出演している まんが日本史は上手くまとめてあるよね
しかも歴史が一筆書きで、時代がすべて繋がってることが実感できるのがありがたい
隙間の歴史とかあんまり知らなかったから >>686
ドラマでは持明院統の擁立は赤松の発案ということになっていたな >>693
さすがに山川と比べるのは…
猿でも分かるみたいなマンガ脳なだけだろ。 まんが日本史って脚本も監督も無名の人だけどわかりやすいってことは優秀だったんだな まんが日本史を中高年視聴者多そうなヒストリーチャンネルで流してるのは名采配
子供や孫いたらアニメなら一緒に見てくれそうだし
まあエンドレスで延々とやってるのは笑うしかないけど>>686とか本当分かりやすいわ まんが日本史は入口として良い作品だと思うよ。
そこからもっと詳細に知りたけりゃ、さらに本を読めば良いんだし。
基盤ができてるから読み易くなるだろう。 ここ見てまんが日本史見に行った
これいいね
分かりやすいし絵も単純で取っ掛かりにヨイ ネットでならまんが日本史で全体を把握してからEテレの歴史教育の奴見て今の通説にアップデートするのが良さげか?
もしリメイクすると昭和史と平成史が追加されて高齢層に絶望感与えそうw まんが日本史のダイマもそのへんにしとけよ
営利の臭いがプンプンする、ID変えて自演してるのバレてるぞw そうか この流れはステマだったのか もうちょっとで買ってしまうとこだった >>684
尊氏「新田義貞を討つ 出陣じゃあ」
馬之介「ははーっ」
これのことだね >>715
ぜんぜん違うことわざ辞典の後番組のやつ モグタンはまんがはじめて物語
あっちも勉強になったけど小さいころ まんが日本昔話、まんが日本絵巻、まんが日本史、まんがことわざ辞典、まんがはじめて物語、まんがなるほど物語
こういうの昭和時代は子供が視聴する時間帯に民放でやっていたんだよな
今もやったらいいのに >>698
池田勝氏かな?
ヤッターマンで
ヤッターワンとかヤッターペリカンもやってるな このスレで人名が出るたびに偏諱を考えてしまう癖がついてしまった… >>718
当時は子供が多かったから、子供向けの商品やサービスを提供することは企業にとっても魅力的だった。 >>721
あと卑弥呼(不二子)、後白河(波平)、武田信虎(ギレン)、織田信雄(ガルマ)、楠木正成(ジャマイカン)、
藤原定子(ブルマ)、静御前(ララァ)、信玄(リュウ)、家康(増夫)、秀頼(マクベ)、天智天皇(ビッテンフェルト)も >>718
今は子供が少ない上に、見ない。
だから昔ほど企業スポンサーが付かないし、殊の外アニメは金がかかるので安易に作りやすいバラエティーや紀行モノ(バスや一軒家もそのカテゴリ)ばかりに。
こんな塩梅ではアニメで歴史、ましてや太平記を浸透させるなんて無理なんよね。 ねこねこ日本史の尊氏はニャーしか言わないし敵と味方の区別がつかないせいでうっかり鎌倉幕府倒すしめっちゃカワイイ >>715
>モグタン
くそ懐かしすぎてワロタw
(40代以上は噴飯もの) 新田義貞の戦績
〇 吉野攻撃(護良親王 ※幕府軍の一員として参戦)
○ 上野国府の戦い(長崎孫四郎左衛門)
○ 小手指原の戦い(桜田貞国)
○ 久米川の戦い(桜田貞国)
● 分倍河原の戦い(北条泰家)
○ 分倍河原の戦い(北条泰家)
○ 関戸の戦い(安保道堪)
○ 鎌倉攻撃・化粧坂の戦い(金沢貞将)
○ 極楽寺・稲村ケ崎の戦い(大仏貞直)
○ 矢矧の戦い(足利直義)
○ 鷺坂の戦い(足利直義)
○ 手越河原の戦い(足利直義)
● 箱根竹之下の戦い(足利直義 ※脇屋義助が尊氏に敗北して撤退)
△ 大渡の戦い(足利尊氏 ※脇屋義助が山崎で敗れ撤退)
○ 三井寺の戦い(細川定禅)
○ 東山の戦い(足利尊氏)
● 北白川の戦い(細川定禅)
○ 二条河原の戦い(一月二七日)(足利尊氏)
○ 二条河原の戦い(一月二八日)(足利尊氏)
○ 打出の戦い(足利直義) 義貞の戦績
かなり勝率は良い。問題は尊氏と逆に勝負所を落としているのと何よりこれ以降・・・ 今さらだけど
関東に下った尊氏は、何故勝手に恩賞与えたんだろ
他人の土地を勝手に裁量するから、朝廷と反目しちゃう
ドラマだと「新田と力を合わせよう」みたいな考えだったのに
ドラマでもあったように
自称足利方が勝手に動いてたのか
直義あたりが自立しかないとけしかけたのか 先ほどBSPでやっていた十三人の刺客を見たが、エンドロールで堤大二郎が4人一緒くたに。
太平記ではピンで立ち、CMもけっこうあったのにな。 >>733
俳優業も山あり谷ありやろう
人生100年時代やでこれから、ええ事もあるやろ >>722
リアルでも一郎や太郎さん次郎さんを見るとなんか物足りなく思うわw >>713
それも良かったけれど、最後に騎乗での「オーッ!」(だったかな?)に痺れた
尊氏の後ろで拳めっちゃ突き上げてて大声で雄叫び挙げていた 堤大二郎は出演は切腹シーン30秒くらいしかなかったから・・・ >>731
当時の行政能力だと、中央集権的に京の都から地方行政をコントロールするのは無理
関東だの奥州だの九州だのといった広域単位で、全権を委ねた将軍府だの探題だのを設置する必要がある ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています