【2023年大河ドラマ】どうする家康★18
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【放送予定】2023年1月8日~
【脚本】古沢良太
【主演】松本潤
【音楽】稲本響
【語り】寺島しのぶ
【ロゴ】GOO CHOKI PAR
【制作統括】磯智明
【演出】村橋直樹、川上剛、小野見知
【プロデューサー】村山峻平、川口俊介
【公式HP】https://www.nhk.or.jp/ieyasu/
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【2023年大河ドラマ】どうする家康part1【ワッチョイ有り】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/kin/1671782390/
※ネタバレスレは、こちら
【2023年 大河】 どうする家康 ネタバレスレ
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1673089554/
前スレ
【2023年大河ドラマ】どうする家康★17
https://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1673938377/ >>826
松平氏は室町中期の信光以前はハッキリ分からない三河の土豪
水野氏は鎌倉時代から続く源氏の一族 同じ三河モンならさ麒麟がくるの岡村さんのがまだ三河の無念さが伝わってきたっての
ほんとキチガイ大河だわこれ >>837
アレは もう楽しかったあの頃は戻ってきません という演出であり
これからお辛ーいお辛ーい現実が待ち受けてますという前振りなんだろうなあ >>851
つまり今回の水野氏の口調は
どう考えてもおかしいわけねwww お母ちゃん言ってる事は実に正論なんだが母親らしい思い出を作る前に離縁になったような薄~い繋がりの立場でいきなり出てきて妻子切り捨てろと怒鳴りつけてもそりゃ「はい分かりました」となるわけないやろ >>858
同時に悲鳴は上げるけどそういう現実に耐えて選択できる男ですよってラストで描いてもいるのがいい ここで織田に追い詰められて窮余の策とはいえ今川を裏切ったことには違いないから
神君正当化のために永く今川義元も氏政も暗君で家康は駿府で虐げられた辛い人質時代を送ったというストーリーが必要だったんだな…… >>866
溝端である必要がないw
むしろ天野で良かったw お大の方て関ヶ原の2年後に亡くなるのか、長生きだのう。だけど征夷大将軍宣下は見れなかったけどな。 >>840
同じく。
演出もストーリーも、漫画みたいで、
忠勝のカッコいいアクションシーン
お母さんの怖い豹変シーン
信長と信玄のコスプレ顔芸と
見せたいシーンをポンポン繋いでいく単純さが
頭使わずに見ることができて、これはこれでいいかと慣れてきた。 その日のうちに「殺してしまえ」(やってしまえ)と言うのならば、
口説き文句はなかなか記録に残りにくい。
「これが私の全部です」という国債償還期限の方が記録に残りやすい。
「メールにもしない彼から聞いた言葉」はつかの間のものである。
国債は一度カッチリと償還(贖罪)してしまえばそのリニューアルは天皇の交代というぐらい長い目で見ることができる。
内閣総理大臣は税収の心配を、天皇は国債の心配をしていればいいのだろう。
https://youtu.be/Q-vBIc1feiI >>851
似たようなもんだろう
武家だの公家だの、あやふやは仮冒を疑え >>869
母親が出てくる時点でおかしいと思わない池沼御用達大河🤣 この時代、天下取れたのも宝くじ高額当選レベルの幸運が味方したからなんだとしみじみ思ったわ 出浦が出てきたり虚無蔵が出てきたりもう頭の中ぐちゃぐちゃやわ とりあえず戦場の演出はよかった
但し大久保の戦評議での小学生のようなパワボに関しては殺意を覚えくらい殴りたかったが まーこの段階から信玄出す必要ないんだけどね
完全にウケ狙いだわな >>874
三河が常に勝つように出来ていると言ってるだろう
三河の王しか勝ってない
日本の歴史(中世~近世)
◆鎌倉幕府(1185~1333年)◆
【勝者】源頼朝:藤姓熱田大宮司一族(本貫地/三河国額田郡乙見)
・藤原季兼(別号:三河四郎大夫、三河国額田郡に居住)→藤原季範(別号:額田冠者、三河国額田郡に居住、初代藤姓熱田大宮宮司)→由良御前(源義朝の室)→源頼朝
◆室町幕府(1338~1576年)◆
【勝者】足利尊氏:三河守護
・足利将軍家以外では、足利一門として吉良氏(本貫地/三河国幡豆郡吉良)、今川氏(本貫地/三河国幡豆郡今川)、石橋氏(本貫地/三河国設楽郡石橋)が将軍継承権を有した
・守護職は本貫地を三河国にする者が最大人数
・奉公衆(江戸幕府の旗本に相当)は、本貫地を三河国にする者が最大人数、又三河国の奉公衆も最大人数
◆応仁の乱(1467~1477年)◆
【勝者】細川政元:細川京兆家(本貫地/三河国額田郡細川)
・ ”東博本洛中洛外図”には当時の権力者として細川氏邸、額田氏邸(細川氏被官)が描かれている
◆明応の政変(1493年)◆
【勝者】細川政元:細川京兆家(本貫地/三河国額田郡細川)
・半将軍と呼ばれ、幕政を完全に掌握、事実上日本のトップに立つ
◆関ヶ原の戦い(1600年)◆
【勝者】徳川家康:本貫地/三河国加茂郡松平
◆江戸幕府(1603~1868年)◆
【勝者】徳川家康:本貫地/三河国加茂郡松平
・大名の5割が三河国出身
・附家老の8割が三河国出身
・旗本の4割が三河国出身、高家筆頭は吉良氏(本貫地/三河国幡豆郡吉良)
◆大坂の役(1614~1615年)◆
【勝者】徳川家康、徳川秀忠:本貫地/三河国加茂郡松平 確か麒麟では家康(風間)はもっとずうっと後に母親と再会してたと思うが……… どうするの選択の結果のマイナス面をしっかり描くことで、決断の重さが現れていいね
プラス面しか描かなかったら、コメディだわ
秀吉の立身出世の話ならそれでもいいかもしれんが >>877
俺も思う。二連木城の戦いが約10年後だしどう考えても早い >>866
クズっていうか、この氏真さんは戦国武将として 裏切ったら人質を殺すという当たり前の事をやってるだけでは >>845
そもそも松平信光の時点で大給松平家が独自に伊勢氏の被官になって活動したり大草松平氏が自立してたりしてバラバラ状態 どうせなら
信玄「ふん。会ってやろう」
トンデモの会見シーンが観たかったw この頃の戦闘シーンは槍が出てくると穂先で突いたり斬ったりみたいなのが多いんだが本多忠勝はちゃんと槍で叩いてたのが意外とリアルで良かった
槍は打撃系武器として主に敵を叩くのに使われてたらしいからな >>877
まだ信玄からは相手にもされない小童である家康の現在位置を示す巧みな登場だ
学芸会だの受け狙いだのタームを持ち出せば何かマウント取った気になるなよ 松平と水野じゃ、家格が全く違うつーの
松平は天皇とダチの家
松平は、天皇の勅願所になる寺を造る経済力がある大旦那であり
その息子たる親忠が創建した寺も天皇の勅願所だった
3代目松平信光創建
・信明光寺(1451年創建)
1479年、後土御門天皇勅願所綸旨発給
・妙心寺(1461年創建)
1481年、後土御門天皇勅願所綸旨発給
4代目松平親忠創建
・大恩寺(1469~1487年創建)
1492年、後土御門天皇勅願所綸旨発給
松平が貧乏なわけねーだろう そういえば来週でいよいよ本格的に絡むのと秀吉登場か
ムロツヨシの秀吉は笑顔で人殺しそうなやべー秀吉になりそうで楽しみだわ あれだけ今川に忠義を示す元康なのに
なんで独自に武田と交渉しちゃうのよ?w どう考えても整合性が成り立たないやろwww >>885
昭和の頃の日テレがやってたような痛快時代劇スペシャルならやっていただろうけどな 1、2回の反動か今回は面白かった
というか現状岡田のかっこつけがいらない >>888
諦めろ
どんなにデタラメを書いても
松平がボンビーだった事実に変化はない 信玄ほどの人物だ
戦略上の要衝であたふたする家康を、同盟関係の相手としてはまだ相手にしないとしても、
その動向に無関心であったはずはない 今のところ松潤の泣き芸と岡田のスキルを延々見せられて何の感慨もない >>878
細川親子を書くんなら
何で平清盛、三好長慶、織田信長、豊臣秀吉を抜かすんだよ >>894
関心はあったがそれは今日の大河とは関係ないよね? この大河の信玄の衣装はテルマエのアレを意識してんだろうなー。 国債償還のスターは信長・秀吉・家康に限られてくる。
「殺してしまえ」「鳴かせてみよう」「鳴くまで待とう」
信長は「秀吉は茶事(喫茶店デート)を知らん」と言ったことがある。
https://youtu.be/866ypJZX6aA しかし、瀬名的には、今日で完全に夫への信頼は消えるよな
最後は家康に殺されるわけだが、今日が伏線になるのか。 >>890
だよね~
ま信玄と義元がガチなマブダチだったのは間違いないし、そこをちゃんとセリフにしたのは評価するけど >>900
関係ないだろ?この大河だとアクション起こしたのは元康側なんだから
てか第4回川中島の戦いっていつか知ってます? 公式HP見て、登場人物に
「歩き巫女」がいるのにワロタw
大竹の祖先かw 三河の松平ってイッぱいいるそうだけど家康の本家に取って代わろうとかねえの?
土着して二百年くらいいるんだろ? 身を切るようなどうするで妻子を切り捨てる選択して選んだ三河の連中に
一向一揆で思いっきり背かれるわけだがそうなるともう悲鳴すら上げなくなりそうだ家康 >>902
マブダチってか親父の代から続く同盟関係だから
この大河ストーリーで考え過ぎるとおかし過ぎるのよ。脚本としては致命的なミスじゃねーのx ぬるい脚本書いてるなぁ女だろと思ってググったら外事警察のひとか
あれは面白かったな あるいは、「61歳で死んだ秀吉」(天正大判)が現在の日本国国債の原型なのだろうか?
「茶事って何だろうな?」
信長の考えた「税収」(その日のうちに口説いてしまえ)という発想に対して、
秀吉は、償還期限「60年」の国債を考えたのだろうか?
どうする家康、において秀吉の存在はきわめて大きい。
その上で「京都では血筋・家柄がモノを言う」という陣羽織のシーンもあった。
陣羽織のシーンで「60年」か「80年」かの対決がなされたのだろうか?
秀吉は豊国大明神として関西エリアの神となり、家康は東照大権現として関東エリアの神となっている。
しかし、財務省は「関西」を選択したのだ。 >>906
そもそも家康の松平家は本家が没落したから本家になったんだし
家康が三河をどういうするまで大草松平家や桜井松平家が虎視眈々と本家を狙っていた >>908
義元と信玄は個人的にもすごく馬が合っていたし信頼関係が強かったんだよ
でなきゃ追い出した信虎を預けられないw 俳優の話見ると撮影したシーンかなり端折りまくってるみたいだな
台本とは >>914
大河ドラマの武田信玄では桶狭間の戦いで暗躍して今川義元を殺したけどな 信玄はどう見てもテルマエ・ロマエを意識してるだろう >>893
貧乏で寺を創建出来るわけ無いだろう
松平と水野じゃ、家格が全く違うつーの
松平は天皇とダチの家
松平信光は、天皇の勅願所になる寺を造る経済力がある大旦那であり
その息子たる親忠が創建した寺も天皇の勅願所だった
3代目松平信光創建
・信明光寺(1451年創建)
1479年、後土御門天皇勅願所綸旨発給
・妙心寺(1461年創建)
1481年、後土御門天皇勅願所綸旨発給
4代目松平親忠創建
・大恩寺(1469~1487年創建)
1492年、後土御門天皇勅願所綸旨発給 どうせいつかはやるんだろうから
信玄は最初から入浴シーンで良かったと思う >>914
おまえはまず三国同盟ぐぐってこい
反論したら江守な? >>923
あの服がローマ人っぽいってコメ多かったわw
やりすぎだわ トウの子孫はどのあたりで出てくるのかな
忍びの女がいるみたいだが 忠勝は生涯無敗なんだからあんなシーン入れちゃ駄目だろ 三河が今川の圧政に苦しんでいたというのは本当なの? >>905
古川琴音だったかな
藤岡弘の娘二人もその時に出てくるらしいな
>>930
女大鼠ってのが出てくるみたいだが
残念ながら演じてるのは40手前の年増
トウみたいにお色気シーンに期待とはならんだろうね
まあ今年はお田鶴とかたねとかは悲劇の最期なので其方を愉しみたいが 今川息子が頭としての能力が育ってなかったって事だよね >>932
「徳川家康」ではそれ描かれてたね
三河の農村で今川兵が狼藉したりとか >>932
三河は、三河守護が領国経営させてもらえず、代わり尾張国知多分郡守護貰うくらいの、足利将軍家の本拠たる御料所
何で今川が足利将軍家に喧嘩売るんだよ
室町幕府 三河国の日本支配構造
【奉公衆】
・奉公衆は、室町幕府に整備された幕府官職の1つ
・将軍直属の軍事力で、5ヶ番に編成された事から番衆、番方などと呼ばれた
・奉公衆の人数は全国合計250~300人
・三河国の奉公衆は全国で最大人数、又三河国出身の奉公衆も最大人数
・5番衆の番頭
一番番頭 細川氏、二番番頭 桃井氏、三番番頭 上野氏、四番番頭 石垣氏(畠山氏)、五番番頭 大館氏
三河国の奉公衆一覧(全52家)
【藤姓熱田大宮司一族】
千秋、萩、星野、二階堂、毛利(大江氏流)
【足利一族】
荒川(戸賀崎流)、一色、伊奈、上野、吉良、天竺(細川氏流)、仁木、細川、三淵(細川氏流)、和田
【足利被官】
饗庭、朝倉、飯尾、岩堀、大草、高、久下、小嶋、中条、二宮、彦部
【三河源氏】
足助、水野
【三河伴氏】
設楽、黒瀬、富永
【美濃源氏】
土岐、長山(土岐氏流)
【桓武平氏】
伊勢、神谷、山下
【その他】
宇津野、大内、借宿、河内、小林、疋田、桜井、進土、杉山、堤、長、西部、本郷、丸山、三浦、大和 >>934
氏真がもう少しまともなら
このあとの事は起きてないというか
日本史が変わっていたと思う >>824
侍女と言うか松平家臣の妻じゃないのかな
瀬名や子供達まで皆殺しにしたら完全に家康は離反になるから抑えとしてまだ生かす感じか
5話では瀬名や子供達らも牢獄に入れられるらしいけど >>924
確かに乞食坊主が先祖の松平氏と源氏の血を引く水野氏では家格か違うし、経済力も当時国内有数の産業地帯だった知多半島に基盤があった水野氏とボンビー国家三河の一部しか領有してない松平氏では天地の違いがある 先週の予告で
忠勝が死んだようになっている横で元康が泣き叫ぶシーンがあったが
あれは何だったんだ? 源義家から足利義満が死ねまでの三河史やれ
いかに司馬とか山岡とかの小説がくだらないか分かる
そして三河が、今も昔もいかに偉大かが分かる
源義家は郎党NO1NO2が三河武士と伝え、嫡男義親の生母は源隆長(三河守)の娘であり、実は義家実子と言われる為義の生母も源隆長(三河守)の娘と思われる
そして義国の正室は三河国造家中原季成の孫娘
源義家(1039~1106)
藤原季兼(1044~1101)
生没年がほぼ同じの、この二人、三河を舞台に繋がり持ったとしか思えないのである
義家の曾孫は源頼朝であり、季兼の曾孫も源頼朝なのである
三河の藤姓熱田大宮司家(藤原南家貞嗣流)
系図:藤原実範(三河守)→藤原季兼(三河四郎大夫、伊勢権守令)→藤原季範(初代藤姓熱田大宮司家、額田冠者(三河国額田郡))
■藤姓熱田大宮司家(本貫地:三河国額田郡乙見、三河県岡崎市)
・頼朝の母方の曾祖父藤原季兼(三河四郎大夫)は、三河国司を多数輩出した一族(祖父の兄、父、弟)に生まれる
・季兼は、伊勢神宮領荘園の荘官として都を下り三河国加茂郡(三河県豊田市)に土着
・季兼は、三河国加茂郡(三河県豊田市)の未開拓の土地を開発し、高橋荘・高橋新荘(後世 八条院領大覚寺統)を立券する
・季兼は、三河国額田郡(三河県岡崎市)に移り住み、青木川菅生川流域(菅生郷)を開発、荘園化せず自らの本拠とする(後に、権益は血縁である足利氏に)
・季兼は、三河国設楽郡稲木(三河県新城市)の稲木長者を滅ぼし、東三河を支配下におく
・季兼室の松御前(尾張員職の娘)は、晩年新城市稲木で過し没した(城ヶ峰の山頂(三河県新城市)に墓あり)
・季兼は、藤原資良(父の従兄弟)が尾張守になり、息子(藤原季範、額田冠者)と共に三河に住みながら尾張目代を務める
・季兼の息子である藤原季範(額田冠者)は、藤原南家として初めて熱田大宮司となる(大宮司職の簒奪)
・藤原季範(額田冠者)の娘(由良御前)は源義朝の正室となり、源頼朝を生む
・藤原季範(額田冠者)の娘(養女(実父は藤原範忠))は源義康の正室となり、足利義兼を生む >>936
何を言っても三河が尾張と駿河に挟まれたボンビー国家なのは変わらない >>932
信玄は甲斐と信濃とではやっぱり信濃のほうが年貢や動員厳しかったらしい >>938
まともなにも有力家臣もかなり桶狭間で討たれたから >>940
三河植民地たる知多が何だって?
一色義範
永徳元年/弘和元年(1381年)、幕府の侍所頭人に任じられ、3年間同職を務める。
嘉慶元年/元中4年(1387年)に詮範が佐渡国の守護を務めたことを示す文書が存在する。
嘉慶2年/元中5年(1388年)、父・一色範光の死により家督を継ぎ、三河国・若狭国の守護に補任される。
明徳2年/元中9年(1391年)、山名氏清・満幸が幕府に対して挙兵した明徳の乱で幕府方に与して武功を挙げ、足利義満から悲願であった若狭国今富名(小浜を中心とした守護領の中核部分であったが、山名氏に奪われていた)を与えられた。
更に尾張国知多郡・海東郡の分郡守護に任じられた。
翌年には子の満範が丹後国の守護に補任された。 >>942
八幡太郎義家の祖父源頼信の時代から坂東と源氏の主従関係は始まっている。
八幡太郎義家の一の郎党は相模の鎌倉党か三浦氏
三河なんておよびてはない 踏んだ手紙を返すなんて、なかなかねちっこそうな信玄だわ レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。