【2018年大河ドラマ】 西郷どん part113
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
英雄たちの選択の伊藤と大隈で鉄道敷く回見ると
大久保はとりあえず都市近辺の整備重視で地方は後回しにも見えるな >>65
毎年この時期はそうだな。
どんな(に不評な)大河でも…。 >>62
明治の中央集権化が成功できたのは、そうしなければ国が滅びてしまう、植民地化されるという危機感が
当時の武士や知識人有力者に共有されていたから。しかしいまは、そんな時代じゃない。
中央集権にはもうひとつ問題がある。「まったく新しいこと」にチャレンジするには、この体制は不向きなこと。
たとえばニューヨークに産業資本の本拠地を集中させていたアメリカが、遠いカリフォルニアでIT産業など
新ジャンルを花咲かせたようなこと。逆に19世紀の中国・朝鮮では中央集権が行き過ぎて、産業革命の
大きな波に乗り遅れ、国政改革に失敗してああなってしまった。
東京への権力と富と人材の集中を永続化させるのは大変だと思う。いままでの日本では成功してないから。 大久保も紀尾井坂で襲撃されてなくなる直前まで、
地方議会の制度化を目指してはいた
大久保死後に地方三新法として制定される
いくら中央集権でも地方の民の声を無視して、ただ上から統治するだけでは困難だったわけだ 今の日本の繁栄みてると、日本は東京だけに優秀な人材集めることが正しいって分かるよね
人材を分散していいことなんてない。東京=日本でいいんだよ。オリンピックも一部上場企業の大半も東京。
もう結果は出てる。東京一局集中は正義だった。 無理も何も地方の面倒は地方に見てもらわないと
中央に負担がかかりすぎるだろー >>70
新政府がやろうとしてた中央集権にそんなものは含まれない
今のこの極端な一極集中は
単に稲作が機械化されて
田舎に人手がいらなくなったからだよ 思い返せば、坂本が暗殺される前後からへんになった気がするな
あれほどしつこいくらいにイクサは民のためにならないからやめろといってたのに、
突然慶喜は殺す一点張りになってしまい、しかもその原因だった薩摩の切り売り計画は
単なるデマだったというお粗末さで。
あのときの坂本の言った通りなんだよな。内戦などやって喜ぶのは外国であって、今は日本人が
過去を水に流して団結して新しい国をつくるときだと。
暗殺はされたものの、一番先進的な目をもっていたのは、やっぱり坂本だったなぁと思う 西郷は生まれ持って以来の根っからの戦大好きな人だから、その前提からして無理なのよ
だから苦しくなる >>73
ちょっとだけ弁護すると、神(視聴者)ならぬ西郷の立場で言えばデマとも言い切れない訳
現実的に列強の脅威とも対処しなければならない訳だから、
一見するとふきの聞き耳に過剰反応したみたいに見えるけど、過剰反応しなければならない立場でもあった
本当に夜逃げした慶喜の発想が武士の、それも棟梁として異次元過ぎただけで
武士として当たり前の拘りと保身を持っていれば当然勝ちに拘る、
そうしないと、下に大量のものがぶら下がり過ぎてる
良心があったとしても、利害関係的に徳川家がフランスの魔の手から逃れるのは難しい
フランスが介入する徳川将軍家の「正統性」を決定的に叩かなければならない
そう思わせる政治的な正当性は存在していた 鳥羽伏見の戦い起こしたのは慶喜だから
西郷が戦好きで起こしたわけでも何でもない 別に鳥羽伏見のことを言っているわけではない
西郷のキャラクターを云っている 今日は西郷どんがなかったから調子狂った
DVDも貸し出し中だった >>73
> 思い返せば、坂本が暗殺される前後からへんになった気がするな
それまでが実像とかけ離れていたから、
史実がらみで修正せざるを得なかったんで、
おかしかったのは視聴率がマシだった前半w
(ドラマとしては後半こそ出がらしだけど…) >>68
今の中国は中央集権、集中民主制という独裁で成功しているが? >>75
なに言ってるか分からん
補足したところで、ふきのデマに乗せられたのは事実だろ…
落語のオチにもないような下らない展開をよくまあ平然と放送したもんだ
あれで視聴者怒らせて、視聴率がどーんと下がったね 何で、西郷隆盛の銅像の除幕式の場面(1回目の冒頭)に戻らなかったんだろう。 >>73
史実とフィクションがまざって意味がわからない 銅像の除幕は西郷が大赦されてからの話で、結構後なんだよな >>85
史実と思い込んでるものでも、単なるエピソードの域を出ないものも多々ある
近年の研究で覆ったりしてるものもあるし、まだまだ幕末は研究が進んでいないところも多いよ
だから大河で歴史を学ぼうと思う人がいればそれは間違い
半分フィクションと思った方がいいぐらいだから、そこまで目くじら立てることもない >>87
目くじらは立ててないしそんな意味で言ってない
>>73
これが史実の話をしたいのかドラマの話したいのか意味がわからないと言ってるの >>89
メジャーリーグでニューヨークに本拠地があったドジャースとジャイアンツがカリフォルニアへ移転したのも
1958年だった。50年代のアメリカでは東海岸から中西部へ疎開のように移転した機関が数多くある。
ソ連との核戦争の脅威がそうさせたのだろう。軍事技術の進歩は、国のかたちをよく変える。
でも東京はいい町だぞ。しかし丸焼けに何度もなった歴史ももつ町だ。未来の東京は、どうなるだろう。 西郷札で南九州の農村を破産させて回った悪魔みたいな存在だな >>73
ドラマの話をしてるんだろうが最後の坂本龍馬が一番先進的だったというところは史実とドラマをごっちゃにしてると思う >>87を読むと、ああこの>>87さんは大河を鵜呑みにしてるんだなと思う
あんま詳しくないだろうなこの人と >>90
首都機能であれ人口密集地であれ
1つより代替地が複数無いといざというとき困るのは国自身だよ。
それこそ西郷が周囲の圧力に耐え結果鹿児島がそのまま繁栄していれば
九州もより栄えてひいては今と違う日本ができていたかもしれない。
そういう意味で西郷の罪は大きい。
と話を西郷どんネタに戻してみる。 一線退いても周りからは軍事的な旗印としてしか見てもらえなかったのが西郷の悲劇だな
同じ戊辰戦争の指揮官でも板垣みたいに切り替えることができなかった >>96
板垣は切り替えたとは言えんだろう
板垣の唯一の能力は軍事だよ。政治家になってからはまったくと言っていいほどポイントを挙げていない
自由民権運動はおまけみたいなもんだな。というか板垣自身、どこまで理解していたか疑問だ
あれこそ旗印にされたようなもんだろう 鹿児島弁を聞く機会がまずないのでそれだけでも新鮮だった >>73
龍馬を出すあたりからおかしくなったのは同意だけど
むしろ>>73の書くような古臭いフィクションの龍馬にするために
史実を曲げたのが原因だろ
久光上洛に乗じてテロを起こすために長州藩士が大挙して上京して
幕政改革をめざす薩摩と対立したあたりを不自然に隠して
西郷が脈絡なく早々と長州と協力して倒幕するんだと唱え始め
大政奉還は薩摩が事前に了承してなかったことにして不自然に怒らせ
鳥羽伏見ではなぜか絶対勝てると言い出す史実と真逆の西郷w 西郷中心の留守政府時代がちょっとクローズアップされたのは良かった
実際、近代日本の道筋の多くが留守政府時代に決まったからな
留守政府時代には法律や諸制度など、ソフト面の基盤がなされたのに対し、大久保時代は殖産興業やインフラ整備などのハード面の基盤が出来た
大久保内務卿、大隈大蔵卿、黒田開拓使長官、伊藤工部卿らの時代がもうちょっと続けば、もっと奥行きのある国家になっていたかもしれない >>99
そこら辺の状況はかなり複雑だし、短い尺の中で細かくやるのには無理がある
史実にしたってどうかわからん
諸説あるしな >>101
別に諸説はないだろw
久光上洛に乗じてテロを起こすために長州藩士が大挙して上京した史実なんて
花燃ゆでさえやってたぜw そこらへんは子役時代から出てるのに有馬新七の描写が篤姫よりも薄かったからな
西郷が現場にいないところは極力省略だから 西郷が下関で長州の連中の動きを知って久光との約束破って上京するのが
島流しの最大原因なんだから西郷は現場のまっただ中だろw
ストーリーの根幹でもある そういえばいたな
森山切腹とかカットされてたからだいぶはしょってたイメージだった 江戸時代の幕藩体制を見習って、日本政府の税源は、
東京および政令指定都市からの国税(所得税、法人税など)だけでいいのではないか?
残りの地域からの国税の税源は全部地方に移譲すべき
鹿児島でいえば、鹿児島県には政令指定都市はないので、
鹿児島からの国税の税源は全部鹿児島県庁に移譲
国も税収が少なくなればスリム化を否応なくするし、鹿児島県庁も税源が増えれば、
地方経済が活性化していくだろう 長期的にこれが一番いいと思われる そもそも封建時代とは言え、
室町幕府を維持してきた税収は京都一帯からの税収が主
江戸幕府を維持してきた税収は400万石といわれる幕府領からの税収が主
現代の政府も、東京と政令指定都市からの国税の税収だけで維持できるだろう 久保利通が廃藩置県後に、税制をほぼ国税にした
おかげで各府県は国からいちいちお金を貰わなくては、
何も統治できなくなってしまった
県庁の建物修理や新規建設ですら、国からお金を貰わなくてはできなくなった
その後、新たに地方税を作ることは法的に認められたが、
納税する地方住民からすれば、江戸時代も明治時代も税負担は変わらんのに、
さらに地方税として重い税負担を一層かけるのは、なかなか難しく非現実的だった
戦前戦後と地方自治の「権限」は拡充されたが、税構造は基本的に変わらんまま今に至る 先週の土曜日に再放送を見た。
史実では重要人物であるのに、このドラマでは完全モブ扱いだった半次郎、川路、新八の
活躍が最終回で見られて良かった。
半次郎と川路の対決はもちろんフィクションだが、ドラマ的にはあれで良かったんじゃないか。
覚悟を決めて半次郎に狙いを定めた川路と、川路に気付いて絶命の瞬間に笑顔を浮かべた半次郎
にグッと来た。
また初回から出ていながら、終始モブ扱いだった新八も最後の最後で活躍の場を与えられたな。
アコーディオンの見事な演奏と壮絶な自決のシーンは印象に残った。
そして外国のマドモアゼルとの秘めた恋には驚いたぞ。どおりで、長男の岩熊が出てこないわけだ(笑)
中園ミホ氏は新八を独身にしたかったみたいだな(笑)
西郷や半次郎の最期が史実に反するなど、賛否両論あるだろうけど、最終回に限って言えば最高の出来たっだと思う。 西南戦争は政府軍の圧倒的な兵力であっという間に片が付いたんだよ
鹿児島から熊本までしかいけなかったからな 最後の半笑いで寝っ転がって「完」って稚拙な終わり方だよな
国内最後の内戦にしては端折りすぎだし、知らない人が見たら一週間位で終わったような反乱に見えるんじゃないか 新八のフロックコートより、隆盛の「お召し物」の方が遥かに悪臭放ってるように見えたが…。 >>75
>ちょっとだけ弁護すると、神(視聴者)ならぬ西郷の立場で言えばデマとも言い切れない訳
>現実的に列強の脅威とも対処しなければならない訳だから、
>一見するとふきの聞き耳に過剰反応したみたいに見えるけど、過剰反応しなければならない立場でもあった
おれも、西郷どんが「慶喜を殺さにゃならん」と言い出したあたりから、ドラマにおける西郷どんのキャラに
ブレを感じ始めたクチなんだけど、ただおれが感じた違和感は、デマで動いたこと自体ではなく、慶喜を殺そうとするきっかけが
勘違いだったことが発覚した後の描写に対して
それ以前の西郷どんのキャラにおれが抱いていたイメージだったら、「禁門の変」の際に反省したはずの事を、今度は自ら
起こしてしまった事に罪悪感を感じるはずだと思ってたのに、スルーどころか「西郷が正しい」なんてことを周囲が言い出し始めたから
それ以降、ずっと周囲が西郷どんのやることなすこと全部肯定し始めて、逆に西郷どんに反対するヤツはすべて西郷どんをいじめる悪者だし
ひょっとして、それ以前は、基本的に西郷どんのキャラは「自分が正しいと思ったことに夢中で取り組むけど、時に失敗もする未熟な若者」だったのが、
時代を動かす偉大な人物に「成長」した、ということになっていたのか、とも思える
ただ、失敗も反省もしなくなることが、はたして「成長」なんだろうかと疑問なんだけど 島津久光の最後に来ての株上げは島津家から抗議でもあったのだろうか
それぐらいV字回復したと思うぞ、久光の印象は 慶喜は薩摩長州に戦で勝てたのに、戦を止めたのがな
英断なんだろうか 嘘はだめだが、批判的評価ぐらいは子孫も甘んじて受け入れろよ
織田信長を見習うべし 最終回は半次郎、川路、新八のトリプル主役だったな。
それぞれの見せ場があった。
物語序盤からこの三人を掘り下げて描写していれば、とつくづく思う。
主役の西郷の最期は全く印象に残ってない。
むしろ大久保の暗殺シーンの方が迫力あった。 >>111
史実の村田新八がイケメンだからね
脚本家にひいきされるのは仕方ない
それより私学校の生徒さんかな?ってくらい若く見えるのが気になった
同年代ちゃうかったんか 1877年9月24日、城山の谷崎谷の洞窟で官軍に包囲され明朝の決戦を控えた西郷ら薩摩軍
まず官軍の軍楽隊から楽曲が奉納された
そして西郷が返礼をしなさいと、薩摩琵琶を演奏したのは、若い漢方医で西郷軍に軍医として従軍していた松崎瑞謙
その音は官軍の陣営まで聞こえたと云われており、演奏後、「生き延びて戦後の復興を」と西郷に諫められ、松崎は薩摩琵琶を持って城山を下りた
この薩摩琵琶は江戸時代における薩摩の職人である伴彦四郎の作で『木枯』といい、平成24年には、松崎の子孫により漆と螺鈿の補修も行われた
勝海舟も、西南戦争で亡くなった西郷隆盛を偲び、4年の歳月をかけ「城山」という曲を作った >>122
脚本家にひいきされていたにしてはお腹こわしたり腹が鳴ったり
いつも腹ペコだったりする謎の設定 西郷が政府辞めて鹿児島に帰ってしまったのが全ての元凶だな
政府内で上手くやれなかったのが
別の反乱が起きたとしても西郷以外にあれだけの吸引力ある人物いないだろうし
それだけ惹きつける人物だから判官びいきで後の西郷人気になって大久保は不人気になったんだろうけど
俺の両親は鹿児島だから何度も鹿児島行ってるが
地元の大久保不人気は凄まじいw
大久保の立場からしたら反乱軍抑えるのは当然の役目だし故郷の士族と戦うのは心を鬼にしないと出来ないやりきれない思いだったろう 久光は俳優が当たりのが大きいね。
下手したらただのギャグキャラになりかねない。 >>122
最近の俳優がそうなのか、わからないが、線が細くて華奢で幼い感じの俳優が多いね
信吾、川路、新八、西郷の弟たちとか、みんなヒョロっとしてて
時代劇や歴史物には、もうすこし骨太なほうが合いそうだが 最終回の西郷の死に方は納得いかんな
仲間に斬られて死ぬのも最後の見せ場で華があるのに
大久保の死に方の方が回想シーン入れて良かった
真田丸の信繁も斬られるシーンやめて自決みたいな感じだったしな >>117
慶喜は水戸徳川家の出身
もし幕府が朝廷と戦うことになった場合、尾張徳川家と紀州徳川家は幕府側に付くが、
水戸徳川家は天皇に味方するとされてた。
これならどちらが勝っても徳川家は残せるからね。
ゆえに水戸は傍流で決して将軍を輩出してはならなかった。
その水戸学の影響を受けた将軍慶喜が賊軍とされれば新政府軍と戦うハズはなかった。
もちろん国内分裂による欧米列強の介入を防がねばならないという考えもあっただろうけど。 土曜の再放送ってニュース速報テロップ何もなかったよね?
札幌爆発のテロップ邪魔すぎた 南州墓地の西郷の両サイドは桐野と篠原になっている
桐野は文句ないが、もう一方は格からして村田新八だろ >>133
そんなことはない
西南戦争時、桐野が総司令兼四番大隊指揮長、篠原が副司令格の一番大隊指揮長、
村田は二番大隊指揮長でナンバー3だった
やはり西南戦争時の序列を考慮して建てたのでは >>112
半年かかった戦争をあっという間っていうのは日本語としておかしいな
>>121
あの3人はもう少し序盤から見せ場作ってほしかったね
一応川路、桐野あたりが禁門の変で
少しだけわちゃわちゃやってたけどw >>129
関東 関西 北九
直虎 12.8% 14.1% 11.6%
西郷 12.7% 15.8% 17.2% >>124
関東 関西 北九
直虎 12.8% 14.1% 11.6%
西郷 12.7% 15.8% 17.2% ワースト糞大河
糞盛
糞燃ゆ
糞どん ← IN!
直虎 → OUT! >>138
関東 関西 北九
直虎 12.8% 14.1% 11.6%
西郷 12.7% 15.8% 17.2% >>138
60爺の特徴w
・年齢59才
・インバウンドの意味を知らない
・まともに計算が出来ない
・無職ニート
・毎日祝日
・wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwで誤魔化す ラストサムライは意味がよくわからず見てました
でもおかげさまでもう一度見たくなりました 鹿児島県警の警部で西郷軍に加わった野村忍介の記事が面白い
城山の戦いでも生き延びて投降。
懲役10年の判決が出たが4年後に釈放され、鹿児島で新聞社を設立したという。
https://dic.nicovideo.jp/a/%E9%87%8E%E6%9D%91%E5%BF%8D%E4%BB%8B ●史実にもとづく西郷隆盛まとめ
・政府からの給金が現在価値で月2千万円 年収2億4千万円の超高給公務員。ブタの霜降り肉の食べ過ぎで超肥満に
・千百坪の超大豪邸に暮らす。使用人20人、飼い犬20匹
・実際に会った人たちの証言「偏狭であった」「人の悪口が多い」「人望を得ようと計算している」
・低姿勢で西郷に協力を要請してきた島津久光を「ジゴロウ(田舎モン)」と罵倒
・自分は政府から年間2億4千万も貰っていながら、井上馨を「三井の番頭さん」と罵倒
・自分は薩摩人を政府に大量コネ採用させていながら、大隈重信を「俗吏」と罵倒
・大隈重信「西郷には実に困った。彼は一般の政務には関心なきが如く、太政官に出頭してもただ板垣退助と相対しつまらぬ話に打興じ、やがて家に帰っていった」
・大山巌 「西郷さんは人望を集めようといつも必死でした」
・福沢諭吉「恐ろしいほど教養が無い」
・木戸孝允 「たいがいにせい」
・藩命とはいえ、親友月照を海に突き落として殺害(月照が海に立小便してるところを後ろからタックル)
・子供を二人産ませた奄美の妻アイカナを捨てる。奄美の老人「西郷さんの記念碑が奄美に建てられたときアイカナさんは碑を踏みつけ唾を吐きかけとった」
・江戸の町でレイプ、強盗、放火と卑劣の限りをつくして幕府を挑発。しかも自分では手を下さず雇った浪士にやらす
・西郷自身が江戸総攻撃を主張していながら、計画が頓挫すると西郷が総攻撃を止めさせ江戸百万人を救ったことに、いつのまにかなっていた
・盟友だった大久保利通と袂を分かち鹿児島に帰郷すると、会う人会う人に大久保の悪口を吹聴しまくる
・鹿児島で西郷が外出するときは、地上での土下座では恐れ多いと百姓たちを道のわき溝に飛びこませ水から首だけ出して出迎えさせていた
・西南戦争では前線で毎日若者が戦死しているさなか自分は後方の安全地帯で趣味のウサギ狩り(西南戦争は自分のせいじゃないアピール)
・軍議の最中に一人だけ専用室で昼寝(西南戦争は自分のせいじゃないアピール)
・「おいの体をあげもそ」と西南戦争を決起したが玉砕の5日前に“自分だけ”政府軍に助命嘆願
・しかも助命の使者を満面の笑みで送り出した
・助命を断られると玉砕当日城山の洞窟から逃走 → 部下の桐野利秋に見つかり射殺された 村田新八は独身のような描かれ方をしてたが、息子の岩熊も戦死してるんだよな
『翔ぶが如く』でも息子は出てこなかったし、ドラマ的にはすっきりするかも知れんが 「雨はフルフル・・・」
の美男子は新八の息子のことだっけ? 知らんけどあの歌は政府軍側を歌ったものじゃなかった? ≪ 西郷軍団 メンバー紹介 ≫
村田新八 (1836年?1877年 西南戦争 城山で死す)
長身、目力、洋行、と西郷隆盛と大久保利通を足して割ったような男が村田新八です。
期待されていた逸材だったそうです。
西郷軍団の特徴として、西郷や桐野利秋のような海外経験の無い者たちが世界情勢を語り
政府は外国に弱腰だのと批判するという、そういう滑稽さがあるんですが
そんな中にあって村田はほとんど唯一の海外経験者でした。
村田が西郷軍団に身を投じたその真意は分かっていません。
兄事していた西郷隆盛への義理を重んじたとも。
西南戦争の大評定では村田は発言をせず黙然としていたそうです。
戦場では海外仕込みのシルクハットにフロックコート姿で戦い、
アコーディオンを手離さなかったと云われています。
笑ってはいけません。そこに村田の悲痛な叫びを感じるのは筆者だけではないでしょう。 西郷さん。明治の政治家で今もなお“さん”づけで呼ばれている人は貴方一人です。
その時代に時めいた権力主義者たちは、同時代人からは畏敬の念で見られたかもしれないが、後代の人たちから何らなつかしく敬慕されることはありません。
あなたは賊として死んだが、すべての日本人は、あなたをもっとも代表的な日本人と見ています。
恥ずかしいことですが、実は最近まで、あなたがなぜそんなに偉いのか、よくわからなかったのです。
……私にはあなたの心の美しさの性質がわからなかったのです。
それは私が、人間という観念ばかりにとらわれて、日本人という具体的問題に取り組んでいなかったためだと思われます。
私はあなたの心に、茫漠たる反理性的なものばかりを想像して、それが偉人の条件だと考える日本人一般の世評に、俗臭をかぎつけていたのです。
しかし、あなたの心の美しさが、夜明けの光のように、私の中ではっきりしてくる時が来ました。時代というよりも、年齢のせいかもしれません。とはいえ、それは、日本人の中にひそむもっとも危険な要素と結びついた美しさです。
この美しさをみとめる時、われわれは否応なしに、ヨーロッパ的知性を否定せざるをえないでしょう。
あなたは涙を知っており、力を知っており、力の空しさを知っており、理想の脆さを知っていました。
それから、責任とは何か、人の信にこたえるとは何か、ということを知っていました。知っていて、行ないました。 ≪ 西郷軍団 メンバー紹介 ≫
桐野利秋 (薩摩藩出身 1838〜1877年 西南戦争 城山で死亡)
ヤクザ組織でいえば若頭(擬似的長男)に相当するポジションの人物であり、
西郷を別格とすれば軍団ナンバー1の実力者がこの桐野であった。
青年期の旧名が“中村半次郎”で、京都薩摩藩邸に招かれていた兵学者赤松小三郎を
幕府のスパイと見抜き、斬ったことから“人斬り半次郎”の異名を持つ。
しかし桐野の友人の有馬藤太はこの事件の真相を「赤松はスパイではない。
薩摩藩の内情を知り過ぎてしまったというだけで、薩摩藩にとっての恩師を
犬のように斬り殺したんだ 」と後に暴露している。
親分の西郷隆盛が栄達すると子分筆頭の桐野も芋づる式に出世し、
ついには陸軍少将にまで昇り詰めるが、明治六年の政変で西郷が下野すると
桐野も陸軍を辞し、西郷を追いかけ鹿児島へ帰郷する。
西南戦争では西郷隆盛を推戴し、国内の内戦としては死者1万3千という日本史上でも稀にみる損害を出すことになるこの戦を主導した。
その大評議の場では、挙兵は無謀ではないかとの慎重論も多く出たのだが、
桐野の次の言葉で全軍挙兵が評決断行されたという。
「断の一字あるのみ、総出兵の外に採るべき道なし」という何の軍略的根拠も無い"精神論"であった・・・ 大久保の子孫は総理大臣
西郷の子孫は陶芸家
やっぱり知能も遺伝するんだなw 半次郎が最期まで西郷に付き従って戦死したのにはグッと来た。
陸軍少将の地位を投げ打って下野するとか現代人にはおるまい。
義を重んじる正にサムライの姿であった。
あと城山での最終決戦前夜に薩軍が和気藹々としてたのは事実なんじゃないかと思う。
もう吹っ切れていただろうし、敬愛する西郷と共に死ねるという高揚感すらあったように思う。
もちろん本当は西郷と共に勝利の美酒を呑みたかったんだろうけど… >>153
捕縛した近藤勇に対しても比較的礼を以て対応して
坂本龍馬の復讐に燃える土佐閥に押し切られた人か? ≪ 西郷軍団 メンバー紹介 ≫
篠原国幹 (1837〜1877年 西南戦争で死亡)
戊辰戦争を歴戦し、新政府御親兵では桐野利秋と同格の少将であった。
近衛長官のとき、軍事演習を御覧になった明治天皇がその指揮ぶりに感心し、
「篠原に見習うように」と、その演習地を「習志野(ならしの)」と名付けたという説もあるが
じつのところ裏付ける史料は無い・・・
桐野利秋の知名度と比べると地味であり、実際に無口な男であったといわれる。
筆者の友人に習志野在住の者がいて、篠原のことを尋ねてみたことがあるが、知らないと言われた。 >>155
最高の死にばぁしょじゃーっ!
もう、なんと言うかドラマとしてあのノリ好きwとしか
つまり最終回でこれやりたかったんだなぁと
ひたすら悲壮で、死に際にやり残した事を思う新政府と
完全燃焼した西郷軍、勝ったのはどっちなんだと
まあ、それで終われる方は楽だとか
実際、西郷軍の足元での戦禍は、
今までの西郷のキャラでここまでやるなら描いて欲しかったけど
最後の戦いがやたら走って走ってだったのも
妙円寺詣りから繋がる青春の終わりと言う事なのかとか
「田原坂」だと、私学校自体が郷中教育の発展だとはっきり言ってたからな 田舎のヤンキーっていうか、なんか叫んでりゃ男らしいとか、ツバとばして目んたまひんむいてれば
野性味あふれるとか、発想が稚拙なんだよな
見かけ上のワイルドさなんて大河好きはどうでもいいんで、内容のワイルドさを求めているんだけど、
たぶんその意味わかんないだろうなぁ 何が面白いって
薩摩士族と戦っている間に鎮台兵がドンドン強くなってる所 基本的に差別とかきらいだけど、こういうドラマつくるうえではある程度の学力とか知能とか歴史の素養とかが要求されるのはどうしようもないね。
田舎のヤンキーみたいのか大和魂だとおもっているようじゃねぇ >>155
半次郎が付き添ったというか
西郷が半次郎に付き合ったんだろう >>154
菊次郎は京都市長やったし孫の吉之助は法務大臣やってるから西郷家もなかなかだよ >>163
西郷さんところは嫡流がすごかったからな
金遣いがw 史実の「ここらでよか」 → 戦を終わらせて他者を助けるために死ぬ
大河の「ここらでよか」 → 自分は満足した
意味合いが全然違うんだよ
まさに「こげん人じゃなか」だよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています