【最終回】太平記part.49『尊氏の死』
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足利家の菩提寺、等持院に来たよ
二つ引紋で抹茶頂いてきた
足利将軍になった心地よ
尊氏、義満、義輝、義昭の顔も拝んできた
どこか品のある尊氏
不惑?の表情義満
剣豪義輝
食えない義昭
とそれぞれ感慨深かった
建物自体は地味で足利家に興味ないと面白くないだろうな
池のある庭は趣きあったが 「近頃、よう昔の夢を見る…」
「霊験あらたかな神だというのに、祠で覗いた神体は小さな木切れであった…」
「もっと美しいものかと思うた…ただの木切れか、そう思うた」
「だが近頃思うのじゃ。小さな、醜い木切れでも、あれは、岩神さまやも知れぬ。美しゅうはないが、あれも、神やも知れぬとな…!」
「わけものう、そう思うのじゃ…そう思わねば…そう思わねば…!」
…たっ、、、ただよしッ!直義ッ!! 京都行く度に原爆落とされんで良かったなーと思う
落とされてたら京都の史跡は壊滅しとるやろね
アメリカ様には感謝やな
三発目の京都は実行間近だったらしい 今回は日曜日に見られなかったのをやっと見れました。
義貞が上洛して散々田舎者扱いですが原作私本とはちょっと違いますね。
私本だと新田足利楠木はそれぞれ別々で宮方にアプローチしており、義貞は尊氏より先に日野俊基とあっているのはドラマもそうですが、
(そもそも私本の尊氏は日野と会わない)
他に北畠具行とも接触して、笠置の戦の時に決起する予定でした(道誉もこれを知らずに驚いていた)
最終的に挙兵するときも尊氏と鎌倉で接触しながら、岩松経家弟・吉致に後醍醐天皇を隠岐から救助させ、千種ルートで綸旨を獲得。
(そしてこれをまた道誉がまったく知らずに驚く)
鎌倉陥落後に千寿王側とトラブルになるのはドラマと同じですが、私本だと最初から中央志向がかなり強くてさっさと上洛します。
尊氏も丁重に粟田口まで直義に出迎えさせます。ドラマの直義ではまずありえない・・・
最大の違いは日野、北畠具行、千種とすでに通じていることと、北条氏の財産をすべて手に入れているということ。
これによって武家屈指の富者になっているので、五千の兵を養って、船田入道に千種はじめ都の公家に献上品として配ったので、
「新田は律儀者」という評判を得たということですかね。
逆に武士の間の評判が次第に下がり、武士を足利に走らせる、、という流れですが。 >>7
渡良瀬川の会談で会話に出た阿波の岩松弟は実在の人? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています